特別寄稿第2弾
講演「いま、なぜ田中角栄なのか」-1
=「人生八馨」一六年秋季号・第八巻掲載から抜粋
故郷・徳島のNPO法人吉野川市文化協会が主催するふるさと講演会で一六年七月三〇日に、出版界を中心とした「田中ブーム」について一時間余話した内容を再録する。
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ここに「角栄本」といわれる出版物を一〇種類ほど持ってきました。今年はロッキード事件から四〇周年ということで、NHKでも七月二三、二四日に、三部作合計四時間近くのドキュメント番組を放映、新聞社でも元首相逮捕当日の二七日に合わせて、特集記事を掲載しています。出版界では、石原慎太郎さんの小説「天才」がベストセラーになつたことで火が点いたように、二匹目、三匹目のドジョウを狙って、商魂たくましく「角栄本」を出版、というところです。
最初に私がなぜ、このタイトルでお話しするのか、その理由から始めたいと思います。
私は一九六四年に川島高校を卒業して東京の大学に進学しました。東京五輪の年で、東海道新幹線もその年の一〇月に開通しています。大学に五年ほどいて、六九年に毎日新聞に入社し、七三年に東京社会部配属です。
ロッキード事件が発生したとき、一九七六年ですが、たまたま東京地検特捜部など検察庁を担当していて、「戦後最大の疑獄」と呼ばれる事件を取材することになりました。発生当時三〇歳、毎日新聞の司法記者クラブのメンバーの中では最年少で、「元首相逮捕」の時点では三一歳、いま七一歳なので、ちょうど四〇年ということです。
ここに元首相が逮捕された当日の毎日新聞朝刊一面トップのコピーを持参しました。「検察、重大決意へ」「高官逮捕は目前」「五億円の流れ突きとめる」という見出しで、元首相の名前は出ていませんが、捜査の展開を的確に予測した記事、と読める体裁になっています。新聞界内部では「特ダネ」として宣伝しています。ただ、当日の朝、元首相の秘書だった榎本敏夫さんの自宅に張り番の記者を出していましたが、目白の田中邸には配置していませんでした。
元首相が松田昇検事らに同行されて車で東京地検の正面に着いたのが午前七時二七分。
その直前に、主任検事の吉永さんと川島興特捜部長が姿を見せ、カメラマンなどが待機している玄関前に誘導用のロープを張るよう指示しました。捜査が進展した六月に入ってから、丸紅や全日空の社長ら幹部が出頭して逮捕された時、混乱防止のためにロープが張られたことはありますが、特捜部長と主任検事がその場に姿を見せて指示したケースは前代未聞で、「これは大変だ」と緊張したことを覚えています。
つづく
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桃と梨 福島産をいただいて
同時期に、桃と梨を別々の知人からいただいた。梨には安全を示す放射能の証明書がついていた。二月に福島を訪れた際、桃畑はまだ花も咲いていなかつた。風評被害などに負けずに、どんどん流通してほしい。