無償の愛をつぶやく Ⅱ
高尾 義彦
クラス会 額紫陽花が咲いている
(2018/07/02)
東京五輪の年に入学した大学のクラス会。古稀を過ぎても気持ちは入学当時と変わらないような。みんなが俳句か川柳を作り、出来栄えを競い、近況報告。
バングラの 悲惨痛恨夏暑く
(2018/07/03)
ラデシュの渡連正人・大使夫妻は連れ合いの友人。遊びに来て、と誘われた地で日本人七人が犠牲になるテロ事件。夫人は母親の見舞いで心時帰国していたが、急速、現地に。世界に安全な場所はなくなつた。
ァヴェマリア 暑さ忘れてヴァイオリン
(2018/07/03)
前橋汀子さんの定期コンサート。サントリーホールを埋めたフアンは彼女の演奏に、この夏最高の暑さをしばし忘れた。前橋さんは毎年、三千円の入場料で音楽フアンの拡大を図る。前半は緑、後半は紅いドレス。
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お江戸下町落語事情-4
=「人生八馨」一五年秋季号・第四巻
小松さんは、その後、骨董の店を閉めて、勝開橋近くのマンションに住み、時折、自宅で「なずな美術サロン」を開くようになつた。
今年二月には、このサロンに「歌も女」改め「日るね」となつた「いまが旬。受けてる落語家」や漫談家を招いて、仲間うちの寄席を催してくれ、喜んで参加した。
日るねさんは、四日市南高校卒、玉川大学文学部芸術学科中退。二〇〇八年三月に「三遊亭歌る多」に入門、園歌師匠のもとで苦労を重ねた。固歌師匠は、歌奴と名乗っていたころ、「山のアナ、アナ」 の落語で一世を風摩したことを覚えている向きも多いのではないだろうか。日るねさんはフェイスブックを活用して、正式の寄席のほか、「落語カフェ」での高座日程などをPR。師匠からフェイスブックは禁じられている、とつぶやきながら、さわやかな色気の香る写真も交えて活動報告を続けている。
「落語を歩く 鑑賞三十一話」(矢野誠一著、河出文庫)に収められた落語「佃祭」に次のような記載がある。「佃 島の歴史は、寛永中にさかのぼる。御膳御用直参の漁夫として、白魚の漁を行わせるため、摂津国西成郡佃村
から三十四人の漁師を住まわせたのがこの島の起こり」。寛永では徳川家光の時代になるが、言い伝えでは家康が江戸開府に当たつて摂津の漁師を住吉神社とともに入封したとされ、落語の舞台にもなっている。
もうひとつ、落語との縁を紹介したい。隅田川を渡った向こう側の日本橋人形町の一画にも、時折、案内をいただく即席寄席がある。