海光る 少年の目は何を見る

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手古舞伝える辰巳芸者-4

高尾 義彦
「人生八威聲」2018年10月
秋季号・第16巻より

丑井さんが料亭を始めた時に開店資金として1300万円の融資を受けられたのは、芸者時代の信用があつたためで、七年の約束が三年半で全額返済し、店の決裁も現金払いを徹底してきた。
「私たちの時代は、景気にも恵まれ、いい時代でした。自分の努力だけではなく、お客さんも立派な方が多かつた。あるお姐さんは、旦那だつた弁護士が事件で逮捕されたとき、任侠肌のお客さんに『毎日、差し入れに行け』と忠告されて、その通りにしたら、旦那の奥さんに認められたといった話もあつた」
富岡八幡宮の祭りは、寛永一八年(一六四一年)に三代将軍徳川家光の長男家綱(後に四代将軍)が誕生。その祝い事として始まった、と言い伝えられている。以来、江戸の三大祭りとして受け継がれ、祭礼には辰巳芸者だけが参加を許されてきた。
その後の手古舞に話を戻すと、辰巳芸者の消滅とともに、手古舞保存会が平成五年に誕生し、それまでの歴史を引き継ぐことになつた。最初は丑井さんの店を稽古場にした時期もあつたが、八幡宮の総代会が力を入れ、踊り子たちの衣装や練習場も安定的に確保されるようになつた。
八幡宮の総代は約三五〇人。その中から、幹部クラスの五〇人が選ばれ、「八鳩会」を結成し、祭りの運営などに責任を持っている。富岡八幡宮では昨年12月、宮司の姉弟の間で事件があり、20代官司だった弟が、姉の21代宮司を日本刀で殺害する事件があり、その衝撃が冷めやらぬまま、初詣客が激減した。その後、節分の豆まきなどを経て三月で喪が明け、大お払いも済ませて、今回の「二の宮渡御」が清めのイベントとなつて、人気は復活したと関係者は受け止めている。

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納豆と弥彦の米と蕗味噌と
(2017/2/11)
年明けから納豆を食べ始めた。納豆に醤油、京都のもろみ、そして蕗味噌。体重が七〇㌔を超え未知の領域に。幸い、標準体重六三㌔当時のスーツはそのまま。

巡礼に ご報謝唱え冬の旅
(2017/2/11)
安倍首相とトランプ米大統領の会談。思わず阿波人形浄瑠璃の言葉が浮かんだ。趣旨は全く違うが、恩恵を求めすり寄るような姿は、報謝を求める以上に、「朝貢外交」を思わせて。同盟優先より、民主主義の実現を、沖縄など国内で果たしてゆく努力を。

海光る  少年の目は何を見る
(2017/2/21)
映画「海は燃えている」。イタリア最南端ランペドゥーサ島は年間五万人を超える難民の玄関口。12歳の少年サムエルは松の小枝とゴムで作ったパチンコで小鳥を狙い、弱視矯正眼鏡をかけている。監督は島に住み込み、日常と非日常の世界を見つめた。