特別寄稿第2弾
講演「いま、なぜ田中角栄なのか」-9
高尾義彦
=「人生八馨」一六年正月号・第五巻掲載から抜粋
捜査の山や谷を経験する中で、個人的に強烈な印象が残っている日が何日かある。事件の大枠は、元首相がロッキード社から丸紅を通じて五億円の賄賂を受け取り、全日空へのトライスター導入に便宜を図った、という構図。これに児玉や元首相の盟友、小佐野賢治・国際興業社主(当時)らが登場、取材する立場としても、これほど壮大な疑獄ドラマは、過去に経験がなかつたと言っていい。 元首相が金脈問題をきっかけとして失脚して二年後に、なぜ、ロッキード疑惑が米国からもたらされたのか。これは、いまとなつても大きな謎だが、その背景を推測させる記事が最近の毎日新聞に掲載された。
「フランスからの濃縮ウラン調達が、米国の虎の尾を踏んだんだと思う」。二〇一五年一〇月一日付毎日新聞の連載「核回廊を歩く日本編」一三回目に、元首相秘書官だつた小長啓二さん(八四)の言葉が収録されている。
「当時のキッシンジャー米国務長官が後に中曽根さんに『あれはやり過ぎだ』と話している」と、ロッキード事件の遠因を語つている。
この言葉は、中曽根康弘元首相自身が自著の中で明らかにし、「国産原油、日の丸原油を採るといって(米国の)メジャーを刺激した。
石油取得外交をやつた。それがアメリカの琴線に触れたのではないか」と推断している。
評論家、田原総一郎氏も事件当時、雑誌に寄稿した小論文「アメリカの虎の尾を踏んだ田中角栄」で、米国の資源政策に関連して狙い撃ちされた、との見方を展開している。この論文を小長秘書官が元首相に見せたところ、「元首相は平然と『そうだよ』と言つた」(佐藤昭子「私の中の田中角栄日記」)という。