特別寄稿第2弾
講演「いま、なぜ田中角栄なのか」-5
高尾義彦
=「人生八馨」一六年秋季号・第八巻掲載から抜粋
「レジュメ」-3
もう一点、この小説では元首相が「受託収賄容疑で逮捕された」と決定的な過ちを犯しながら、嘱託尋問調書などロッキード裁判や司法の在り方を批判する論理を展開しているところに、不思議な感じを持ちました。司法の批判をするなら正確な事実に基づくべきで、カチンときて出版社へのはがきに「逮捕容疑は外為法違反」と書いて投函しました。受託収賄罪は起訴の時点で適用されましたが、逮捕時点の外為法適用は、五億円のうち最初の一億円授受の時効が迫っていたため、特捜部が頭をひねった手法でした。
私はずつと、「被告人」としての田中角栄、という側面から批判、観察してきました。いまの田中ブームの中でも批判されるべき点はきちんと指摘しておくべきだと思つています。
ちなみに石原さんの息子さんの衆議院議員、石原伸晃さんは、自民党の有力政治家の中では、中国にまったく受け入れられず、人脈もない。総理を目指そうという政治家として、この弱点に苦慮しているという見方があり、日中国交回復を実現した田中元首相を持ち上げることで、中国に擦り寄ろうとしたのではないか、と石原さんの真意を憶測する中国通のジャーナリストもいることを付け加えておきます。
最近、周りの人にこの本の評価を尋ねられることがありますが、以上のような観点から、あまりお勧めはしていません。
「いま田中角栄さんのような政治家がいれば」と無い物ねだりのブームが起きている背景のひとつは、選挙制度の問題です。一九九六年の小選挙区制導入以来、二〇年になりますが、自民党は有権者の二割から三割弱の支持しか得ていないにも関わらず、国会で圧倒的な勢力を維持している。
同時に、小選挙区になつて、中選挙区時代のように党内での競争、切瑳琢磨がないため、政治家が育たない。小泉チルドレンとか、安倍チルドレンといった呼び方がされますが、党首との力関係も圧倒的に差があり、党内で 政治家一人一人の主体的な議論ができない風土が作られています。
中選挙区の時代には、派閥間の競争などが激しく、お金で政治が動く事件も摘発され、その反省から小選挙区制度が導入されたわけですが、政治家の活力そのものは大幅に失われた印象です。国民は、そんな政治家を見ているから、田中元首相がいま生きていたら、といった期待感を抱くことになります。
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魔女さんと有楽町で出逢う秋
魔女さんは連れ合いの友人、佐藤明子さんの愛称、二日前の夕方、交通会館の通路でその魔女さんに声をかけられた。フランク永井の「有楽町で逢いましよう」は、駅周辺に新開各社が立地していた頃、地方から東京へ転勤の願いを込めた歌でもあつた。