三谷幸喜の大河ドラマ 「新選組!」 その1

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今回の掲載は、平成十七年六月発行114号から抜粋したエッセイです。

三谷幸喜の大河ドラマ 「新選組!」

その1

黒須 洋子

平成十六年のNHK大河ドラマ「新選組!」も放映が終わって、すでに三か月がすぎた。はや完全版DVDの壱が二月に、総集編が三月に、完全版の弐が四月に発売される。この原稿を書いているのは三月半ばだが、TV雑誌「ザ・テレビジョン」 の第四十三回ド
ラマアカデミー賞の最優秀作品賞、主演男優賞、助演男優賞(山本耕史)、脚本賞、キャスティング賞を受賞している。また日刊スポーツ紙のドラマグランプリでも中間発表で作品賞、主演男優賞、助演男優賞で高得点をマークしている。
「新選組!」は、高視聴率という〝記録″は残せなかったが、見た人の〝記憶″に残る作品になりつつあるのだろう。
テレビドラマは大勢のスタッフとキャストで作るものだが、私の関心は、いつも脚本を書く人に向けられる。二〇〇四年の大河ドラマの内容が決まったのは、まず三谷幸喜氏に大河ドラマ執筆のオファーがあり、その三谷氏にNHKの人がいくつかの候補を示し、三谷氏が「新選組」を選んだという。
新選組は毎年、候補にあがっていたそうだ。その話を聞いて、私は三谷氏に新選組が託されてよかった、と思った。
新選組は残酷に描こうと思えば、いくらでも残酷にできる。悲劇的に描こうと思えばいくらでもできる。でも、楽しみに見るテレビドラマなのである、見たあとに暗あい気持ちになるのはいやだ。例に出して申しわけないが、昭和五十八年の「徳川家康」は暗くてまいった。平成四年の「信長」も気分が滅入った。大河ドラマウォッチャーの私だが、これらは途中で見るのをやめてしまった。三谷氏はコメディ作家であるし、作風がいつも明るい。それに大河ドラマが大好きだったという。それもベストワンが市川森一脚本の「黄金の日日」というではないか。じつは私のベストワンも「黄金の日日」なのである。
三谷氏は「群像劇が好き」と語っているが、その面目躍如たる場面が、浪士組の結成ー>中仙道ー>京都で崩壊、だった。てんやわんやの大騒ぎ、といったふうで実に面白かった。近藤派と芹沢派以外に、根岸友山、祐天仙之助、祐天を仇と狙う大村達尾、粕谷新五郎などなど、新選組ドラマでここまで描いたものは空前にして絶後だろう。村上俊五郎が山南敬助にからむところまで描いていた。そこへ土方が現れて山南を助けるのだ、拍手喝さいである。
上洛後、清河八郎が裏切り、怒った芹沢鳴が斬るといって滑河を追い、とめようとする近藤たちも京の町を走り、大村が仇を討とうと祐天を追いまわし、そのうえ火事が……という大騒動。
まったくこんな展開は三谷氏ならでは、である。「婚礼の日に」や「政変、八月十八日」も、彼の真骨頂。しかし物語がシリアスになるに従って、こういう〝てんやわんやシーン〟 がなくなってしまい寂しかった。
「新選組!」には、これまで滅多に登場しない人物も出た。病弱の阿比留鋭三郎は新選組マニアには大うけだった。いじめキャラかと思った松平主税助は、なんとギャグキャラで少しも憎めない。八木家の奉公人だったという設定の佐伯又三郎は、彼なりの大切な夢を持っていた。殿内義雄は、気弱だが誠実な男だつた。芹沢派の野口健司は、素朴な気のいい若者だ。三谷氏の、登場人物を見る目は、つねに温かい。
三谷幸喜は人間が好きなのだ。そのことが、よく伝わってくる群像ドラマだった。
前述したように「キャスティング賞」を受賞しているが、本当に配役が新鮮だった。あらゆる出自の役者を揃えられるのが大河ドラマのよいところだが、今回は小劇場の舞台俳優や芸人と呼ばれる人たち、また若手を中心にしながらも、ベテランも配置した点などが評価されよう。演じた人たちも・皆、うまかった。野田秀樹の勝海舟にはもう脱帽である。松本良順をやった田中曹司や、出番はわずかだったが橋本左内の山内圭哉なども私のお気に入りとなつた。私にとって歴史ドラマを見る楽しみは、歴史上の人物が姿・形を持って登場し、動いたり喋ったりすることだ。活字で読む彼らは、とても遠い存在である。だから俳優が、それら
しく演じてくれるとワクワクするし、感動もする。「新選組!」における久坂玄瑞だが、彼はこのドラマでは単なる〝長州の火の玉男″に見えたし、新選組が主役なのだから、おそらく三谷氏もそのつもりで描いたのだろう。しかし演じる俳優は役になりきる。久坂役の池内博之は、霊山にある久坂の墓参りまでしたという。そして蛤御門の戦いで敗れ自決の覚悟をし「我らがなしてきたことは何か意味があったのか、俺たちが生まれてきたことは…」と、無念の涙をこぼす。もう見ている我々は感動する。これこそ歴史ドラマなのである。三谷氏はあそこを感動シーンにするつもりはなかったようだが、池内博之の涙は、久坂になりきっていた彼にとっては当然の演技だつたのだ。
つづく