3.咸臨丸、ハワイに寄港-1

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「咸臨丸物語」

宗像 善樹

第二部 咸臨丸、帰還す

3.咸臨丸、ハワイに寄港-1

 万延元年閏四月四日朝、咸臨丸はサンドウィッチ諸島オアフ島のホノルルに着いた。
サンドウィッチ諸島とは、現在のハワイ諸島のことである。
咸臨丸は日本人船員だけの操船で無事にホノルルの港に入った。サンフランシスコに入港したときは、ブルック大尉の指導とアメリカ人船員の支援があったが、今回の入港は日本人のみによる初めての入港作業だった。入港に際しては、礼砲二十一発の交換を行った。これらすべての行動を日本人船員だけで無事に成しえたのは、ブルック大尉によるシーマンシップ教育の結果だった。
港内に錨泊した咸臨丸から蒸気方の山本金次郎と通弁役の中浜万次郎が上陸して、燃料の石炭購入の交渉にあたった。他の士官も順次交代で上陸し、ホノルルの街を散策した。腰に大小をたばさんだ士官たちがホノルルの街を往くと、街中が一人残らず道路につめかけたかと思われるほどの見物の人出になった。
福沢諭吉も主人の木村摂津守と肩を並べて、ホノルルの街を散策した。
木村が福沢にハワイの第一印象を言った。
「先生、空気の乾いた、居心地のよい島ですね」
福沢が、爽やかな風に吹かれながら答えた。
「ほんとうに木村様、湿気の多い日本に比べると、別天地のようです」
木村も福沢も、順調な復路航海の見通しが立ったので、『これで無事に日本へ帰れるだろう』という安堵感から、開放的な気分でホノルルの街を見学して歩いた。
気持ちが日本に近づいていた福沢が、歩きながら軽い口調で木村に尋ねた。
「木村さま、日本に着いたらまず何を食べたいですか。私はまず、江戸の町人が好んで食べる『うなぎ』を食べたいです。『無事に江戸に帰れた』という気分になれるでしょうから」
木村が笑いながら、答えた。
「私はまず、『そば切り』を食べますよ。将軍家のお好みの食べ物です。それに先生、『うなぎ』は将軍家も好んで食されますよ。決して町人だけのものではありません。浜御殿へ御成りのとき、『うなぎ』を所望されたこともありました。恐れ多いことですが、私もご相伴に預かりました。『美味である』と非常にご満悦であらせられました」
木村摂津守が庶民感覚で、気楽に食べ物談議に乗ってくれた。福沢は無性に嬉しかった。
コバルトブルーの海面から吹き寄せる汐風が、福沢の気持ちを素直にした。
木村がとても身近な存在に感じられた。
『恩人であり、友人だ』と思った。