5、一攫千金
孝二が口をはさむ。
「借りたんじゃないんです。しかも本物の太閤大判ですよ。この大判こそ、本命中の本命です」
「見りゃあ分かる。だから驚いた、どうしたんだ?」
福山が拾両大判を膝の上に乗せ、キャップに巻いたヘッドライトの焦点を合わせると、黄金がまぶしく輝いた。
まだ夜明けまでは充分に時間がある。福山が補足する。
「じつは、ノブさんから貰った三万円の絵地図……」
「呉れたんじゃないって言ったろ。それに十万だぞ、それが?」
「あれを孝二が解いてたんです。孝二の言う通りに、城跡公園の火の見ヤグラの床下を掘ったら、この大判一枚が……」
信方が手にした懐中電灯を思わず落として、福山の胸ぐらをつかみ首を締めた。
「二人でワシを出し抜いたのか!」
「や、やめてくれ、人殺し!」
福山が座ったまま信方の弁慶の泣きどころを蹴飛ばすと、思わず信方が手を放す。孝二が二人の争いを止めに入る。
「首を締めるなんて痛いじゃないですか」
福山は軽く首をさする程度だが、スネをさする信方の顔は苦痛に歪んでいる。
「ああ驚いた。話を最後まで聞いてくださいよ。これからも約束通り、換金したら三人で山分けなんです。わたしが会長を裏切るわけないでしょう……お互いにもっと信頼しましょうよ。その証拠にそいつを預けときます。これから幾らでも掘れば出るんですから」
黄金は福山から信方の手に渡った。
「わるかった。つい興奮して。でも連絡ぐらいは欲しかったな」
さほど痛くもない福山に、かなり痛みが残った信方が謝る。
「時間がなかったんですよ。暗くなってから掘って、それから前夜祭に来たんですから。とにかく見た通り、太閤が天正十六年に鋳造した拾両の文字入り大判、希少なので骨董価値で六千万です」
「六千万……?」
機嫌が治った信方が、落とした懐中電灯を拾って大判を照らす。
手の中の十両大判は夜目にも鮮やかに黄金の輝きを放ち、表面には墨色は淡いが明らかに拾両と読める文字がある。噛んでみると正しく本物の金の感触だった。信方は手のひらの大判を眺めた。
「解禁の鮎と同じぐらいで長さは十五センチ、幅は十センチの楕円形、重さ約百六十グラム……」
「金価格だけだと今の相場は百グラムで十数万円にしかなりませんが、骨董価値だと数十倍、金品位七十数パ-セントの太閤大判は慶長大判の三倍、一枚六千万だと百枚で……」と、福山が数える。
「一枚五千万としても五百億ですよ」
「これで三人共、大金持ちだな!」
「会長は元々が大金持ちだから、オレ達が大金持ちの仲間入りってことです」
「そうか、これ一枚でビビることないんだ」
六千万の黄金を、信方が無造作に内ポケットに収納した。
「これからが楽しみだな……」
「いずれ、数百億円づつ山分けですかね?」
「そうはいかんよ。法律があるし税務署からもしっかりと剥がされる。なにしろ、埋蔵金は文化財扱いで国の所有だからな。
人の土地から発掘した場合は、七日以内に所轄の警察に届け出ないと横領罪になる。しかも、発見者にはわずかな報酬が支払われるだけだ」
「そうなるとバカバカしいですね……」
「だから、みんな発見したら届けないで少しづつ使うか、山に埋めて絵図を作って子孫に残す。それで新聞には出て来ないんだ」
「それじゃ、イタチごっこですよ」
「探すのが男のロマンだろ。どうせそんな金、使いきれん」
辺りはすでにほの明るくなっていて、川の中のいい場所にはすでに沢山の釣り人が約十メ-トル間隔に立錐の余地もなく立ち込んで竿を出している。だが、もう三人にとっては鮎釣りなどどうでもいい。鮎などはいつでも釣れる。
「ところで、こいつはどうやって掘ったんだ?」
「金属探知機で反応が出た場所に、地質調査用穿孔機で三十センチ径の穴を堀り、特製の遠隔操作切削機と鋏み機を使って、五メ-トルの地下から苦労してやっと一枚だけ掘り出したんですよ。どうも数枚づつあちこちに分散されてるようです」
「そこを掘れば、まだあるのか?」
「孝二の意見だと、火の見櫓下はあと五メ-トル掘れば数十枚……ただし、櫓が邪魔で掘れません。土手側から横穴を掘ればですが、五人ほど雇わないと……でも、費用が掛かりすぎます」
「幾らぐらいだ?」
「あと五千万は用意して貰わないと……それで、こっちの絵地図の本命の場所も、ある程度解読できてますので堀ります」
「分かった。女房に内緒で山林を担保に金はつくる。念を押すが出るのは豊臣の太閤大判だな? でも変だな? 黒羽城の大関高増だったら徳川の黄金のはずだ。ワシの調べだと、大関一族は徳川の北への備えとして重用され……」
「いや、それは違います。たしかに大関一族は徳川の有力武将ですが、その過去に問題があります。平安時代から周辺の豪族と争っていた土豪時代の大関家は、天正一年(一五七三)に室町幕府が滅ぶと、その後の乱世を見越して、この崖上に眺望絶佳な堅固な城を築いて居城にし、那須七党とも和睦して外敵に備えたんです」
「なるほど? ワシはその徳川の黄金が黒羽に隠されたと見てたんだがな……」
「徳川でも太閤でも、ともかく黒羽に実際にあったんだからいいじゃないですか? 同じ大判でも徳川だったら骨董価値一千万から二千万、太閤大判は五千万から六千万ですよ。大関高増は、信長が武田軍を破ったときから、時代を先取りして秀吉に付き……小田原攻めには那須・大田原連合軍を率いて武功を立て、莫大な報償金を得ていたんです」
「そんな記録があったのか?」
「ところが関が原の合戦寸前、豊臣家の恩顧を受けていたはずの大関高増は、徳川方の強引な脅しと誘いで那須七党を裏切って徳川方に寝返った……」
「それで、徳川の幕将になり、改易された那須氏をも統合して領地を広げたのか?」
「ただ、徳川家は秀吉の残した軍資金を厳しく調べて没収しましたから、大関高増は城代家老の浄法寺図書に命じて、多量の太閤大判を数カ所に分散して隠したんです。城代家老は、将来を考えてその黄金の八割は大関家のために、あとの二割は家臣群と自分の子孫のために分散して埋めたのです。これは、その一つでしょう」
「残された史料は、この稚拙な絵地図だけか?」
「作業に携わった雑兵を皆殺しにした城代家老は、大関高増に提出した埋蔵図の他に、主家に万一のことがあった場合に備えて予備の絵地図を作成し、浄法寺家に代々保管することにしていたとの記述が古文書にあるそうです。これを疑った徳川家は、お庭番の松尾芭蕉に命じて大関家の秘密を探らせたが、ついに暴き出せなかったのです」
「やっぱり芭蕉か……」
信方が、呼吸を整えてから聞きなおした。
「この絵地図も、もう孝二が解いたのか?」
「なにしろ、孝二は若いが、在野の埋蔵金研究家マニヤの間ではカリスマ的存在ので、ゴッドハンドと言われてるんですから」
「ゴッドハンドなんて、最近は嫌なイメ-ジがついてますから止めてください。とにかく謎は解きますよ」
ふたたび三人が絵地図を眺めた。孝二が説明する。
「この絵地図にはポイントが二箇所は隠されてます。この古絵の大きな升の中の城は黒羽城、この屋根マ-クは城跡公園内の屋敷で、ここのX印には間違いなく少量ですが黄金があります。
しかし、本命はこの山の中ですね。この三角は那須ヶ岳中腹の殺生石として、この太い川は那珂川、ここまでは読めるんだが……余笹川、黒川を含めてこの無数の沢と滝の記号、こんなところに沢なんかないのに、滝の記号の近くにX印があるでしょ? でも、明らかにこれが本丸なんです」
「何百年も経ってるんだ、沢や滝の一つや二つ、消えてたって不思議じゃないさ。ま、これだけじゃ謎は解けんだろう」
「多分、長い年月で地図にも狂いがあるでしょうな。しかも、宝探しの場は必ず本命は一カ所だがダミ-が数カ所に分散されているから、慎重に絵解きをしないと無駄骨になります。山は後にして、まず、この屋敷から考えましょう。絵の中で城に向かって大きい座布団に正座して、背中に寺って字を背負って頭を下げてる男は? 孝二はどう思う?」
「城に向かってってことは家来ってことですから? 城と升は黒羽城主の大関高増……だとすると、寺の字の家来は、城代家老の浄法寺図書ってことになりますね」
「座布団の絵はなんだ?」
「とりあえず、座布団の下を掘れば少しは出るってことです」
福山が改まった。
「ところで……」
「なんだね?」
「今回の成功は、会長の家系と関係があるんです」
信方が驚いて福山を見た。
「驚きました。国会図書館に入り浸って古文書を漁ったところ、なんと、那須の菊池一族の祖先が出て来たんです」
「福さんが図書館通いとは驚いたな」
「会長はご自分の家の故事来歴を調べたことがありますか?」
6 薬師寺
「多少はな……」
「家紋は、武田菱囲み五三の桐でしたね?」
「そうだ」
「考察すると、一般には見慣れない菱囲みの五三の桐の菊池家の祖先は、かなり政治的手腕にも長けていたようです。
菱紋は、清和天皇から甲斐源氏の武田に与えられましたが、やがて北関東に触手を伸ばした武田から、源氏方の武将や豪族に与えられたもので、菊池家はまず武田家の関東進出の足掛かりとして縁を結んだものと思われます。
つぎに、後醍醐天皇の桐紋が清和源氏の頭領である足利氏に下賜され、それが源氏一門に広まったとする説と、五三の桐は、足利氏から織田信長、豊臣秀吉、秀吉から軍功者に与えられて広まっていますから、菊池家が足利と武田という源氏方の名門であり、秀吉と
も何らかの縁で繋がっていたのは間違いないでしょう。
なお、北関東の山間部に栄えた那須家は、同じ源氏系の藤原一族から出ていますから、源系という点では同じでも、菊池家とはル-ツはを異にします。となると、山間部を制した那須一族と山麓部を制した菊池一族は、同じ源系ながらも互いに和したり争ったりしながらこの北関東の地に共存して生き抜いたと推察できます」
「演説は沢山だ。埋蔵金はどうなる?」
「甲斐の武田の軍資金は、天分年間に黒川金鉱などから堀り出した莫大な金から成り立っていたのだが、信玄自らが鶏冠山山中に金の延べ棒を大量に埋め、武田家没落の折りに武田勝頼が韮崎の山中と富士五湖周辺にそれぞれ数十万両、穴山梅雪が数十万両を笹子峠に埋めているのが今までに分かっています」
「ところで、何でワシの家系が埋蔵金と関係がある?」
「最近の研究で武田の軍資金は、日光の中禅寺湖の湖底など関東にもかなりの黄金が隠されていることが分かったのです」
「ワシの敷地内にもあるのか?」
「まだ分かりませんが、可能性はあります」
「あるとしたらどこだ?」
「分かりません。でもヒントはあります」
「なんだ?」
「菊池家関係の古文書と芭蕉の足跡を調べると、どうも、元禄二年の四月に芭蕉が立ち寄った形跡があるのです」
「なんで分かった?」
「菊池家の敷地内には、村人が敬う薬師寺がありますね?」
「あるよ」
「この薬師寺は、以前は同じ村の離れたところに村を治めていた菊池家の当主が建てたのが村の大火で焼けた、現在の自宅敷地内に安永四年(一七七五)に再建したと言われますが、そうですか?」
「よく調べたな……その通りだ」
「古文書から調べると、その離れたところにあった薬師寺の棟札から元禄二年当時の菊池家の先祖は、村役人として黒羽城主に仕えていた菊池源の丞信昌と分かりました」
「それがどうした?」
「芭蕉は元禄二(一六八九)年の四月三日に黒羽に来て、約二〇日近い歳月を黒羽周辺で過ごし、芦野の温泉に入ってから須賀川から福島に旅立っていますが、その途中で那須に立ち寄り、薬師寺のヤナギを愛でています」
「……田一枚 植えて立ち去るヤナギかな……あれか?」
「定説では、あの句は芦野で詠んだことになっています。しかし、須の里の薬師寺に見事なヤナギあり、と史実にもありますので、この句が、菊池家の薬師寺で詠まれた可能性もあるのです」
「そんなの公表したら、大変なことになるぞ」
「だから、可能性って言ったじゃないですか」
「だったらどうなんだね?」
「菊池源の丞信昌は、黒羽城主大関家城代家老の浄法寺桃雪の屋敷に呼ばれて、芭蕉の外出時の接待係を命じられたといいます。ようするにお目付役ってことです」
「そんなのは初耳だな」
「芭蕉は、俳諧を通じての知己である黒羽藩城代家老の浄法寺桃雪の屋敷に逗留したのは知ってますね?」
「そいつは、弟子の曽良の日記にもあるからな」
「あの日記はカモフラ-ジュですよ。幕府は、戦国大名大関高増の埋蔵金についての噂を耳にして太閤から与えられた財宝が黒羽城内外のどこかに埋められていて、城代家老の子孫がそれを知っていると睨んだんですな。それで松尾芭蕉の登場です。
芭蕉は、将軍綱吉の命を受けて東北各藩の財政や施政を調査するために旅立った。その一番の目的は、東北の伝説的な英雄で藤原の祖でもある阿部の貞任の、カブト明神の埋蔵金探索で、二番目の目的がこの黒羽だったことが分かったのです」
「芭蕉自身も黄金は好きだったのかな?」
「さあ、どうですか……幕府はこの黒羽に莫大な黄金が隠されていることに気づき、何人かの隠密を放ったが、誰一人として生きて帰ったものはいないそうです。また、那須連山の何処かに埋められた黄金を探しに山に入った山師衆もまた、つぎつぎに変死して川に流されたそうです」
「そんな記録があるのか?」
「那珂川流域で足や腕を失った山師の変死体が岸に流れ着くのを見たという記録は沢山残っています」
「なにか恐ろしい話だな。まるで埋蔵金地獄じゃないか」
「われわれは、その地獄に足を踏み入れたんですぞ」
福山の目が妖しい鋭さを増している。
「ところで、さっきの松尾芭蕉の話はどうなった?」
「芭蕉が幕府の隠密だという説は信じますか?」
「それはワシも聞いたことがある。でも、疑問だな」
信方はあまり芭蕉には興味がないのだ
7、芭蕉の句
「芭蕉の目的が、有力大名の隠し金探しだとしたら?」
「それも信じられん」
「芭蕉隠密説は、探索方の報告で黒羽藩主も薄々は感じていたらしく、目付役の家臣をつけてマ-クし、芭蕉の行動に制約を加えて、藩の秘密を守ったものと思われます」
「埋蔵金探しの芭蕉は、命を狙われなかったのか?」
「当時の城代家老・浄法寺桃雪が俳諧の師として芭蕉を遇しましたので、身の安全は保証されていました。それでも、その浄法寺桃雪としては、いくら尊敬する芭蕉といえども先祖代々伝わる大関家埋蔵金の秘密は明かすことは出来ません。
絵地図を隠して、埋蔵金に関しての芭蕉の質問には一切応じなかったようです。しかし、芭蕉は浄法寺桃雪の態度から埋蔵金の存在を確信して、城代家老が茶室に使っていた屋敷続きの庵に居すわって埋蔵金探しに明け暮れたものとみます」
「そんな話、誰に聞いた?」
「孝二からです」
「孝二は誰に聞いた?」
「福さんからです」
「まったく訳が分からん連中だな。それから?」
「ともあれ、芭蕉と曽良の東北路探索では、このように二十日近くも一か所に長期逗留した例は他にありませんからね」
「たが結局は、埋蔵金を見ずに無念の思いで黒羽を去った?」
「その逆です。埋蔵場所を調べてその存在を確信したから、安心して旅立ったんです」
「幕府には知らせたのか?」
「知らせなかったんですね。芭蕉はまたの再会を約した浄法寺桃雪に自分たちが知った埋蔵場所の秘密を俳句に託し、幕府には埋蔵金の疑いなしと報告しています。二人が起居した庵から火の見櫓はすぐ目と鼻の先で、その気があればいつでも掘れたんです」
「いや、そうじゃないな。芭蕉には謎が解けなかったんだ。
あの三万円、いや十万円の絵図は、柱にくり抜いた穴から出たそうだが、ここにある本命の絵地図は、大工が盗んだという鎌倉彫りの仏像の中から出たと言っただろ? よく見てみろ。この絵図の隅に小さく図と記名が入っている。これは浄法寺図書という浄法寺家の先祖が浄法寺桃雪などの子孫に伝えたもので、芭蕉を接待した浄法寺桃雪もこの絵地図に気づかず、したがって埋蔵金の在り処を知らなかったんじゃないのか?」
「芭蕉はその絵図の存在は知らなかったようですが、埋蔵金の存在はつかんでいます」
「だとすると、幕府に虚偽の報告をした理由は?」
「芭蕉は、この雄大な那須の自然と土地の人の人情、それと浄法寺桃雪の人柄と黒羽の人情や郷土料理、こころ和む子供たちとの交流などで、すっかり黒羽が気に入ったんです。だから、ここが改易されて幕府に没収されるのを避けたのでしょう。そこで……」
「なんだ?」
「芭蕉の残した句を追ってみたんです」
「ほう?」
「芭蕉が黒羽に残した句に、ヒントがあると考えたんです」
「例えば?」
「芭蕉が借りて住んだ、浄法寺屋敷の庵の脇に立つケヤキに巣くったキツツキを見て詠んだという『きつつきも庵は破らず夏木立』の句ですが、芭蕉は黒羽を去るにあたって、大木にさえ穴を開けるきつつきも、人が静かにしているのを騒がせない、というのを、そのまま浄法寺屋敷か庵近くにある大関家の埋蔵金に置き換えて、そのまま、そっとしとけば大関家の改易もないし平和なまま暮らせる、との謎句を残したのではないかとも思います」
「相変わらず理屈っぽい福さんらしい解釈だな? でもな、別れの句は『行く春や鳥啼き魚の目に涙』じゃないのか?」
「それも考えました。鳥と魚がなら川岸か渓流です。山に埋めた黄金に関係して殺された人間を哀れんだ句とも考えられます」
「こじつけだな? それだと埋蔵金は川の底にでもあることになるじゃないか? それとも『魚の目に涙』は、福さんに釣られた鮎が泣いてるとか」
「まぜっ返さないでください。今はまだですが、いずれどこが本命かは立証されるでしょう。とくに、いま会長が言った川の底も捨てがたいところです」
「芭蕉の句はそれで終わりか?」
「あの三万円の絵地図と……」
「十万円だろ」
「とにかく、あの絵地図と、『今日もまた、朝日を拝む石の上』の句から考えてみました。芭蕉が毎朝眺めるのは、浄法寺屋敷の離れとして用いられていた庵の前の庭です。昔の庵は、今の芭蕉の館の位置ではなく、城址公園の火の見櫓の南側にあったそうです」
「よく調べたな?」
「これはすぐ実行しました。とりあえず、半信半疑で金属探知機を持ち出して、朝日の注ぐ城跡公園内の大石を探して、あちこち立ってみて、頭の影の当たる地面とかを手掛かりに片っ端から調べようと考えたんです」
「どうした?」
「その結果、芭蕉が滞在十日目の旧暦の四月十四日前後の太陽の位置から現在時間に換算して先日の朝、馬場跡周辺の森の中の大石を探しました。その上に立って、身長百五十五センチ前後の芭蕉をイメ-ジして頭の影の当たる部分を求め、そこに探知機を当ててみたんです」
「すぐ、見つかったのか?」
「そう簡単には発見できませんよ。朝日の見える大石からその周辺を探っても反応はないのに、朝日の見えない位置の火の見櫓下から金属反応が出たんで迷ったんです」
「反応が出たのか?」
「それでも、三万円の絵地図を信じてみようと思って、孝二に面会して彼の考えを聞きに行ったんです。これが分からないと孝二に投資した大金がパ-になりますからね」
「絵地図に投資したのはワシだぞ。それに十万円だ」
「会長の知らないところで結構わたしも投資してますよ。孝二の実家の仕事が不況だって言うんで大金を建て替えたり、刑務官への付け届けなんかも含めると今までの投資金額は絵地図代どころじゃないですよ」
「分かった……それで、どうした?」
「そこで、孝二からヒントを得たんです。それで、つぎに外出できたら掘ろうと言うことになったんです」
「それが昨日だったのか?」
「実際には簡単なことでした。孝二からのヒントは大石の位置が昔と違っていないか、絵地図の中の火の見櫓が建て替えてないかということの二つでした。そこで、すぐ黒羽の郷土史を調べたら、火の見櫓下の四隅に昔からあった自然石がそのまま残っているということで火の見櫓の位置は変わらないとの確信をもちました。
つぎに、朝日の拝むのに適した大石の位置が違うのではないかと考えて探したところ、芭蕉が滞在していたころの庵は城郭の敷地内にあって、その東側に小高い岩があったことが分かりました。
ですから、『今日もまた、朝日を拝む岩の上』と考えたら、そこに立つと朝日の影が見事に火の見櫓下に合致したのです。
さらに、いろいろ考えてみたら、あの城郭一帯でもっともよく朝日が見えるのは火の見櫓そのものでしたから、天気のいい朝の芭蕉の日課は、曽良を伴って散歩して火の見櫓から朝日を拝んだ、そこに早く気がつけばよかっただけでした」
「それだと、石の上が関係なくなるだろ?」
「火の見櫓の四隅の大石が、それとも考えられるのです」
後からだかどうにでも理屈はつく。
8、黄金発掘
「ずいぶんといい加減な解釈だな」
「ま、これは推論だけですから自信はなかったのですが、昨日、孝二を連れて行ったら、黄金の気を感じる、などと言うから、実際に金属探知機で金属反応を確かめながら掘って、ついに火の見櫓の地下からこの一枚を掘り出すことが出来たってわけです」
「ずいぶんと長い前置きだったな」
「これは全部、孝二を信じたからこそ、こんな夢のような思いをしてるんです。とりあえず、一枚だけでも掘り出しましたが、孝二の話だと、あちこちに分散されている大関家の埋蔵金は総額で時価数千億は下らんらしいですから楽しみですよ」
「数千億か……?」
「数千億じゃ不服ですか?」
「びっくりしてるだけさ……徳川幕府の崩壊時に、勘定奉行の小栗上野介が、赤城に運ぶと見せかけて江戸城の三百六十万両と甲州金を持ち出した金銀は、今の時価にして約五十兆円だから、その百分の一近くを手に入れたら大変なことだぞ」
「会長は、その黄金が那珂川流域に運ばれたとみて、仕事を弟に任せて、鮎釣りにかこつけてひそかに埋蔵金探しを始めた……」
「いや、本当は、藤原三代の莫大な財宝を奪った結城晴朝の埋蔵金が、この黒羽にあるという言い伝えを信じてたんだ……」
「オレは……いや、やめとこう」
「なんだ? これからは三人一体、秘密ごとはなしだぞ」
「じゃ言います。源平時代をひもどくと、どうしても藤原三代の黄金伝説につながり、義経の後ろ楯として軍資金を提供し奥州藤原を支えた金売り吉次軍団に結びつくんです。彼ら影の忍者軍団は各地の戦闘で金を集め、それを各地の神社仏閣の地下などに埋めたことを知りました。その一つが那須法師畑の薬師堂だったのです」
「なんだと? それ、ワシのところか?」
「そうです。済みませんでした。それで鮎にかこつけて会長に接近したんですが、結局、鮎に狂ってしまいました」
福山が頷いた。
「そうか、それで納得した。菊池屋敷の薬師堂を調べてたら金売り吉次の奉納があり、かなりの寄進が記載されてたんで、気になってたんです。金売り吉次というのは吉次を頭領とする集団名ですからな」
「そうなると、わが家にも黄金が埋まっていたのか?」
「わたしらは三人三様、それぞれに勘違いしたまま宝探しをしてたってことですな」
空がしらじらと明け始めると、川の中に立ち込んだ釣り人の姿が朝もやの中に浮かんでくる。小鳥の囀りが聞こえた。
「そろそろ釣れるのかな?」
「いや、あと二、三時間はムダ骨だ、オトリが弱るだけさ」
「じゃ、もう少し作戦会議を続けましょうや」
「ところで、この絵地図の方はいつ決行する?」
「孝二の都合次第だな……」
「いつでもいいですよ」
「ムショの方はどうなってるんだ?」
「実家と取引のある地元の財閥が、協力にバックアップしてくれることになってるから、と言って抱き込んであります」
「ワシもいつでもいいぞ」
「それだと、解禁での賑わいが収まる六月下旬の日曜日の早朝からはどうですかね? 火の見櫓の地下もあと何枚かありそうですが、新しい絵地図の家老屋敷の床下をやりましょう」
「なんで日曜なんだ?」
「役所が休みだからです……土木課の臨時工事を装って城址公園の車止めの柵を抜き、金属探知機と穴堀り用の新兵器は、わたしの作業者に積んで来ますから、会長は埋蔵金の輸送用にいつもの四駆でも乗用車でも好きな車で、浩子夫人に気づかれないで来てくれればいいです。作業は三人で充分ですし、公園に人が来る頃には現場は現状復帰しているから誰にも分からんでしょう」
「その次は、山で穴堀りか川底探しか楽しみだな」
「まず、白骨が山のように出てくれば占めたものです」
「孝二……それはどういう意味だね?」
「徳川の埋蔵金で、老人から伝えられた話のまた聞きですが、江戸城明け渡しの半年前の秋、大勢の人夫と荷を積んだ駄馬の列が、監視の武士に追われるように赤城の山に入ったそうです。松明の火が赤々と燃えて長い列を作っていたと聞いてます。
しかし、その人夫達は全員殺され、山を降りたのは空荷の馬と少数の武士だけだったとか……それで、赤城の山でときどき古い人骨の重なりが出ると、必ずその近くから黄金が出るそうです。
だから、人間の白骨が纏まって出るのは黄金探しの山師にとっては吉兆だそうです」
「恐ろしい話だな。ここでも人の骨が出るか?」
「大丈夫でしょう。会長はどう思います?」
「分からんな。鮎と違ってカンが働かないんだ。ただ、長く続けることじゃないのは確かだな」
「どうしてですか?」
「埋蔵金堀りで、幸せになった話なんて聞いたことあるか?」
「そういえば、そんな話ありませんね」
「だったら、お互いにどこかで手を引くことだな」
「じゃあ、オレは一千億円分掴んだら引退しますよ」
「どこで換金する? すぐ評判になってバレちゃうぞ」
「わたしも一千億円でいいかな……」
福山が立ち上がって大きく伸びをした。
「さあ、明るくなったから竿を出すとしますか」
その頃はもう、どこにも竿を出す隙間などありはしない。
続く。