埋蔵金秘話

花見正樹作

第四章 計画変更

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13 引き上げ

 

もう少しで二枚目の黄金をゲットしかけた時、突然、外部から床下への強力なサ-チライトが照らされた。
「なんだ?」
「もう一息で二枚目をゲットできたのにな…」
「気にいらん、ドヤしてやりましょう」
 よく見ると、なにやら中腰の男が手メガホンで叫んでいる。
「そこにいる者、他家建造物床下内は不法侵入とみなされます。
 ただちに外に出てください。五分過ぎたら警察に通報します」
 無粋なヤツだと怒りながらも、警察に通報するということは警官ではないから、とりあえず呼びかけに応じて外に出た。
 信方がまぶしい目をこすって見ると、相手に見覚えがある。黒羽西刑務所の根性の悪い河田という看守に間違いない。信方が孝二宛に五百万円入りの袋を持って面会に行ったときに、たしかに立ち会っている。
「一応、刑務官事務所で預かる規則になってます」
 と、さっさと袋ごと抱え込んだ河田という刑務官が、制服姿の厳しい顔で立っていた。福山もよく知っている男なのだ。
「黒羽西刑務所の河田です。菊池さんと福山さんですな……ここで何してるんです?」
「夜釣りの目慣らしに縁の下を使ってるんだ」
「そんなの、家で雨戸を閉めればいいじゃないですか?」
「うるさい! あんたは何をしてる?」
「見た通りですよ。藤堂がまた脱走したので、ヤツは縁の下が好きだから来てみると案の定……また、あんたと一緒にいる。こいつはどういうわけですかね? あんたら在監者の脱獄を手伝うと、どうなるか知ってますか? 刑法第七章の第百三条に拘禁中脱走したる者を隠すと二年以下の懲役……こうなるのを知っててやってるなら仕方ないですがね」
 信方が笑った。
「その後に続く文章を言ってやる。……または二百円以下の罰金に処す……だろ。二百円じゃない、二百円以下なんだぞ」
「それなら、拘禁中脱走したる者……藤堂孝二に告げるぞ。監獄法の第四章、戒護の項の第二十三条により、在監者の脱走したるときは監獄官吏は脱走後四十八時間内に限り、これを逮捕することを得る。したがって、本官は本日午前九時十分、在監者であるべき藤堂孝二を逮捕し、黒羽西刑務所に帰所する。と、いうぐあいだ。いつもなら見逃してもいいが。午後から急に検察庁の特別査察官が入ることになってな、収監者の抜き打ち面接で、藤堂孝二がいないなどの騒ぎになったらオレ達が罪人扱いになっちゃう。看守が雑房に入れられたら収監者から袋敲きで五体満足でシャバには戻れない。だからな、刑務官に悪いヤツはいないんだ」
 信方が続けた。
「だとしたら、ワシが藤堂君に差し入れた五百万のことだが、あんたは確かにワシの目の前で預かり証を藤堂君あてに書いたが、そのその書類を自分の胸ポケに入れ、金は預かるとか言ってたな。あの金はどうなったね? ネコババは窃盗罪だよ。窃盗罪は……」
「うるさい! とりあえず藤堂孝二を逮捕する。なお、これを脅迫し邪魔する者は刑法第五章の第九十五条の公務執行妨害罪で三年以下の懲役、または、罰金はだな……」
「そいつは罰金じゃなくて禁固だろ? もっと勉強しなさい」
「よけいなお世話だ。そっちの穴堀り屋……」
「穴堀り屋とはなんだ。ボ-リング業と言え」
「そのボ-リング屋の福山さん、藤堂の保釈後、あんたには正式に塀の内外を勝手に掘った罪で、かなり高額の請求書を送るように手筈が済んでいる。家宅侵入罪だけでも起訴になれば刑法第十二章第百三十条が適用され懲役三年で……」
「罰金はたしか五十円以下だったな。釣りはいらん」
 福山が、ポケットから百円コイン一個を取り出して河田の足元に投げたから、河田が怒った。
「イランもイラクもあるか、オレを誰だと思ってる!」
「刑務所のネズミだろ? てめえには大分小遣いをせびられてるからな、全部、バラすぞ」
 河田が福山に殴り掛かるから、福山も応戦する。
 それを止めようとする孝二の肩を信方が押さえた。
「あいつら少し運動不足なんだ。疲れるまでやらせろ」
 そこで、信方と孝二は屋敷の濡れ縁に腰を下ろし、福山ら二人が取っ組み会って殴り合うのを、高見の見物としゃれこむ。
 おりしも初夏の空は青く澄み、緑濃い樹木には小鳥の囀りが賑わっている。信方は大きく手を広げて那須野の清冽な空気を身体いっぱいに吸い込んだ。
(もういい。一億や二億はまじめに働いて出来る額だ。あとは掘りたいヤツが掘ればいい。もうこんな品がないヤツらとは絶交だ)
 こう思ったとたん、信方の心にも青空が戻って来た。
「もうワシはいいや。あとは五十億でも百億でも二人で分けな」
 信方は立ち上がって、孝二の肩を叩いた。
「いいか。シャバに出たら嫁さん貰って、鮎に凝るんだぞ!」
 後は振り向きもせず、手入れの悪い柴草を踏んで城址公園の広場を横切り道向こうの駐車場に向かった。
 信方の口笛が去った。
 残された孝二は、信方の後ろ姿を見ながら悲しみがこみ上げたのか、泣きべそをかいている。福山と河田はまだ殴りあっていた。
 こんな結末は考えていなかった。
 孝二は、福山にも一度涙を見せたことがある。
 それは、孝二が刑務所に入る前のことだ。一枚目の絵地図を浄法寺屋敷の柱から発見した大工から買ったと言って三万円の物を信方に十万円で売りつける少し前のことだった。
 埋蔵金探しに狂っている福山に、その古い絵地図を見せると、血走るような目で福山が孝二に言った。
「これで本当に埋蔵金が出るのか?」
「オレも骨董品屋に勤めて勉強してます。ここは豊臣の……」
「十両大判か……!」
「五十億はあるようですね。もう絵解きも出来てます。じつは、実家から資金を借りて自分で人を使って掘るつもりだったんです。ところが……八戸で漁師をしている実家のカツオ漁船がロシアの密漁船と衝突して沈没し、船員の保障や船大工への支払いなどで一億の未払い金のうち七千万はなんとか工面したが、あと三千万がどうしても出来なくて一家心中するというんです」
 後ろを向いて目薬を注いだ孝二が、涙目で福山に訴えた。
「そうなれば、五十億の埋蔵金を目の前にして自分も生きてはいられないんです」
 涙ぐむ孝二の話を聞いて、気の毒そうな顔で福山が言った。
「ノブさんに言えば三千万ぐらいはすぐ出るだろうが、ここはオレが何とかしよう。大判が十枚でも出てくれれば大儲けだからな」
 大判が十枚どころか百枚も千枚も出そうな予感がして、福山はその場で銀行に電話して土地建物を担保に三千万円を借りて孝二に貸してくれた経緯がある。その時にたしか、こんなことも言った。
「孝二が言う通りに掘って一枚でも太閤大判が出たら、三千万は返さなくていいぞ」
 さらに一言加えてクギを刺した。
「三千万は返さなくていい代わりにオレの取り分を一枚増やす。いいな、ノブさんには内緒だぞ」
 その大金を現金で押し拝んで孝二はすぐ出立した。八戸へではない。東京育ちの孝二は八戸になど行ったこともない。だいいち孝二が東北弁じゃないぐらいは、子供だって分かりそうなものだ。
 孝二が向かったのは、銀座の一丁目にある骨董屋「一徹館」だった。ここには大判小判をはじめ金銀の粒銭から、寛永通宝などの一束いくらという類いまでの古銭が揃っていた。そこで孝二は狙いをつけていた太閤大判を購入した。
 海千山千のオヤジが言葉巧みに言う。
「日本では数少ない太閤大判は五千万でも手に入らん。それを特別に二千九百五十万でどうだね?」
 と、いうのを二時間粘って言い値の半額……二枚で三千万円に値切って購入した。もっとも、一徹館の仕入れ価格は、斜陽の元資産家の遺族から一枚百万円ぐらいで買い叩いたものだから、これだけの収入で地味生活なら二、三年は暮らせるはずだ。
 孝二は、骨董価値時価六千万の貴重な一枚を火の見櫓下一メ-トル、もう一枚の時価六千万の一枚は浄法寺屋敷の床下に埋め、その数メ-トル下には火の見櫓下にも床下にも探知機の反応が出るように鉄くずや機械工作機器などをたっぷりと埋めてある。
 福山には、火の見櫓下を掘らせて埋蔵金堀りの醍醐味を味あわせて初期投資の三千万円をチャラにした。今後、信方からは莫大な資金が提供される……はずだった。それが今、信方に虎の子の貴重な黄金二枚を持ち去られては元も子もない。これでは本気で涙も出ようというものだ。孝二は涙が溢れてくるのを感じて目を拭いたが手が泥で汚れていたから目が痛む。孝二は本気で泣きだした。
 だが、泣いてばかりはいられない。
 これからは、いま刑務官と殴りあっている福山だけが頼りで、彼から搾取する方向に戦略を転換しなければならない。
 もし、孝二の出所前に鉄くずを掘ってしまったら福山が怒り狂うのは目に見えている。その時は福山の前から姿を消すだけだが、折角のスポンンサ-を失いたくはない。そのためには、絶対に火の見櫓下と屋敷の床下は掘らせてはならない。
 いや、その逆もある。
 孝二と気脈を通じている河田に頼んで、先にこの二カ所を掘らせてクズ鉄類を除去しておく手もある。その上で、福山の関心を新たな埋蔵金に向けさせる手を考えることだ。
 孝二は一人で頷いた。

 

14、無欲と大欲

 

 ともあれ、信方が肩にした皮カバンの中には、骨董価値で時価六千万とかの貴重な太閤大判が入っている。
 これで、前に福山から預かった一枚と加えると黄金二枚が手に入り、投資金額五百十万円で時価一億二千万の骨董品を手に入れたことになる。
 ただ信方自身は、何千億円もの自分の権利を気持ちよく彼らに与えたと思うから、ボランティアでもしたかのようなすがすがしい気分で、損得の問題など気にもしていない。
 その上に、尺鮎の豪快な引きには及ばないが、埋蔵金堀りという長年の夢も満たし、貴重な体験と収穫を得て大満足だった。
 これからは。この二枚の太閤大判は、信方が所有する重要文化財級の粟田口藤四郎義光の刀剣に匹敵するコレクションになって、多忙な日々の安らぎとなり、来客の目をも楽しませてることだろう。
 この話には後日譚がある。
 その後、とんでもない誤算が福山を襲っていたのを、埋蔵金探しから手を引いた信方は知らない。
 孝二を屋敷の床下で逮捕した河田が屋敷の床下を調べ、近くの火の見櫓下との二カ所に穴を掘った形跡があるのを発見した。
 そこで、河田は自分の一存で、市の文化財保護のための清掃奉仕と称して密かに服役者四人を動員してその二カ所を堀り、いつの時代か判別のつかないおびただしい量のお宝を発掘した。
 包丁やナイフなどの刃物類、錆びた南部鉄瓶や馬の蹄鉄、ナベ釜の類に鉄兜、ガラスの破片、ビ-玉、自転車のハンドルなどのガラクタが……床下の暗い闇の中、電池の切れかかった懐中電灯の光の輪の中で神秘的な謎の鈍い光沢を放って、なにやら貴重な財宝に見てとれないこともない。河田は、それらを惜しみなく穴堀りに携わった服役者全員に均等に分け与え、出所までは自分が預かると宣言し、声をひそめて彼らに通告した。
「この江戸時代初期と見られる珍しい骨董品の数々は、歴史的な意義、骨董価値からして多分、十億はくだらないだろう。オレがきさまらから買い取りたいところだが生憎と金がない。そこで、それぞれが出所後に骨董品屋に持ち込んでくれ。その時、運がいいヤツばかりじゃない。なかには希望価格に満たない場合もあろうが、それはツキがないと思って諦めてくれ。運がいいヤツは、その骨董品が巨額のとんでもない大金に化ける可能性もあるからな」
 四人の囚人の感動のどよめきが床下に響いた。
「文福茶釜だからな……」
「オレなんか、世界で最初の自転車の残骸だぞ……」
「水晶玉にマガタマだ」
「戦国時代の兜だぞ」
 戦争を知らない世代だから、第二次大戦で用いられた日本軍の鉄兜から星のマ-クを外すと、朝鮮半島から伝わった兜にも見えるらしい。銃剣も同様だし、錆びついた村田銃も織田信長が武田軍を打ち破ったときの最新鋭銃と思えるらしいから不思議だ。
「よく聞け! この秘密を守れないヤツが一人でもいたら全員の刑期が十倍には延びる。いいな!」と、河田が念を押して脅す。
 効果はてきめん、刑務所の刑務官と囚人四名が数十億の財宝を堀り当てたが、どこかに隠して口を割らない……その噂がどこからともなく福山の耳にも伝わった。
 噂というのは尾ひれが付いて日々大きく膨らむのを通例とするから、福山が聞いたのはこうである。
「黒羽西刑務所の刑務官が服役者を使って、城址公園から巨額の財宝を掘り出した。太っ腹の刑務官はその作業に従事した服役者全員に将来の厚生にと、財宝を割り振って分け与え、出所時までは預かると何処かに隠した。それは当然上司の知るところとなり、刑務官と服役者は、刑務所長や警察の厳しい取り調べを受けた。しかし、彼らは完全黙秘を貫き、結局は叱責だけで終わっている。多分、彼らは出所次第、カリブの島やハワイの別荘、ロス郊外の豪邸などを
買い占めて人生を謳歌するだろう……」
 と、いうものだった。
 あわてた福山は、夜陰に乗じて金属探知機を駆使して這いずり回ったが、探知機への反応も弱く黄金どころの沙汰ではない。
 福山は血相を変えて刑務所を訪れ、孝二に真相を糺した。
 しかし、役者としては、明らかに孝二が福山を上回っている。
 孝二は数日前、河田に頼んで一日だけ外作業の日を得ていた。彼は、三枚目の絵地図を、浅草千束の裏長屋に住む、古地図つくりの名人として詐欺師仲間に信頼され尊敬されている柴田勝吉老に作成を頼んであって、それがタイミングよく速達で届いていた。
「城址公園内の数十億の黄金は全部掘られちゃった……でも、福さん、これが大本命で本物の絵地図なんだ……」
 これで、福山の機嫌は直ったから、気のいい男なのだ。