埋蔵金秘話

花見正樹作

第八章 鬼棲む谷

Pocket

 

25 暗闘

 

そんなある日、左吉が村に住んで半年ほど過ぎた頃、ある事件が起こった。山で木の実取りをしていた村の子供数人が、異様な大男を見かけて騒ぎ、日頃から危険な人物であることを先生や親達に注意されていたのを思い出して逃げたが、追われてケガをした。一人は腕を折られ、一人は鼻の骨にヒビが入るという事件だった。
 その話題は、またたくまに村中に広まり、山狩りのための集まりが招集された。直観的に左吉に知らせねばと思った康介は、左吉の家に走った。左吉はその話を待っていたかのように頷き、きつい表情で宙を見つめた。それも一瞬、またいつもの温厚な顔に戻る。
 左吉は、乾燥した何種類かの薬草を細かく刻んで混ぜ、紙に包んで康介に渡した。
「おっ母さんの心臓の薬だ。ジキトリスにほかの薬草を調合したから、今までのより効くからな。茶代わりに何回でも煎じて飲むように言うだぞ」
 左吉の目がまっすぐ康介を見つめた。
「おっ母さんを大事にしろ」
 翌日、役場から帰るとすぐ佐吉の小屋に寄ったが、雨戸は閉まっていて佐吉の姿はなかった。
 それが何日も続くと、康介は不安になった。それまでにも、川漁に出ると三日、四日と家を空けることが多かったが、なにか今までと違った雰囲気におののいた。
 母は、あの煎じ薬を服用して以来、狭心症特有の激痛を伴う発作もおさまり、顔色も健康そうになり、軽い畑仕事などさえできるようになった。奇跡的な出来事だと、親子は左吉に感謝していた。
 左吉が姿を消して五日目の夕暮れ、いつものように康介は左吉の家に走った。雨戸は閉まっていたが引き戸が少し開いていて、何となくいつもと様子が違う。そっと中をのぞくと、家の中は静まり返って魚臭の生臭さとは違った不気味に生臭い血の匂いがした。
 いい知れぬ恐怖が康介を襲い足がすくむ。康介は戸を閉めるのも忘れて夢中で逃げ帰った。母にも言えず食事ものどを通らない。
「体調がわるいから」と、布団にもぐったが寝つかれない。
 父が病死して十年……母と子の二人暮らしだが、身体の弱い母に代わって所帯主同様の身でありながら「こんなことでどうする!」
と、天の声がおのれを叱咤する。康介は唇を噛んだ。
 翌朝、一睡もできなかった康介は、早く起きて飯を炊き、にぎり飯と傷薬を用意して、出勤前に左吉の家に急いだ。夜が明けて朝日が山の緑に光を当てていた。
 立て付けの悪い引き戸をさらに開けて、中に入ると、暗い室内に左吉が倒れている気配があって、康介に気づいたのか「おう、来たか……」と、頭だけを上げようとする。
 康介が部屋に駆け上がり声を掛けると、左吉は安心したのか、また血の匂いの中に倒れ込んだ。雨戸を開き、新鮮な朝の冷気を入れると、部屋の臭気が薄まった。薬草がもみしだかれ散っている。
 病弱な母をもつ身で看病には慣れている。血に染まった左吉の漁衣をはだけると、薬草がべったりと貼られていて、その上に血糊が浮いていた。左吉が「肩を……」と、うめいた。
 見ると、肩口を斜めに縛った布から血が滲んでいる。
 左吉が動けないのは、肩と胸の傷がダメ-ジになっていた。この満身創痍の身で、ここまで辿りつけたのが奇跡だった。
「医者を呼んでくる」
「ダメだ。このことは誰にも言っちゃなんねえ!」
 その絶対という強い響きに押されて、康介は母にも同僚にも話せなかった。康介が握り飯と水を渡すと、左吉は横になったまま貪るように口に押し込んで水を飲み、一息ついてから礼を言った。
 左吉は、この時の傷が元で片手が不自由になっていた。
 その後、粗暴で凶悪な大柄の山男の姿が消え、村は平和を取り戻した。事情を知らない村人は、山男が他郷へ去ったと喜んだが、左吉の保証人になっていた長老だけは一人頷いていたという。
 以上が、佐吉に関する康介の思い出話だった。
「あんときは怖かっただ……」
 康介は遠いところを見るような視線で昔話を締め、残り酒をあおって茶碗を伏せた。勇夫が聞く。
「佐吉さんは、その大男を殺ったのかね?」
「そうだべな」
「でも、なんで、その大男がこの村に出入りしてたのかね?」
「何かを探してたらしいが、それが何だかは誰も知らなかった」
 その事件以降の左吉は、幾度か、山の遭難者を救ったり、溺死寸前の子供を助けたり、急病人に薬草を届けたりと、人の難儀に役立つ働きをして信頼を得つつあったが、かたくなに村人との交流を拒み孤独な生活を守っていた。そして、自分の役割は済んだとでもいうようかのように村人の前には姿を現さなくなった。
 そこで話は終わった。
 康介が、囲炉裏の残り火を見つめながら、あくびをした。
「そろそろ寝ねえとな。夜が明けると葬式だでな」
「酒はもうねえかね?」
 勇夫が喚いた。誰もが寒さが身にしみて酒が欲しいのだ。あちこちに転がっている一升瓶を振ってみるが、どれも空だった。
「どうせ眠れねえなら、おらが家で飲み直さねえかね?」
 康介の誘いに信方までがコロリと乗り、布団にくるまって首を振った孝二だけを置いて、信方、福山。永山、勇夫と酒豪四人が、康介の後に続いて、雨の夜道を陽気に騒ぎながら下りて行った。その声も遠のいてゆく。
 一人になった孝二は、自分の生きて来た道と違う世界を感じて、快い興奮を感じていた。孝二の脳裏に、雄大な那須連山をバックに、山刀を振るって躍動する山男の壮絶な死闘が浮かぶ。
 孝二を夢の世界に誘うように雨音は小さくなったが、頭が冴えて眠れない。夜はすでに闇の世界から徐々に離れつつあった。

 

 

26 野性の猫

 

 夜の闇の中であばら家が、気味の悪い音できしむ。
 全員が酒恋しさに康介の家に去り、孝二は一人になった。ランプの灯はすでに消え、囲炉裏の残り火だけが室内を照らしている。孝二の悪い癖の一つである探索癖が頭をもたげてくると、もう我慢はできない。
 懐中電灯を点けた孝二は、家探しを始めた。それは、佐吉に対しての謎解きでもあった。
 まず、ランプ用の油を探さねばならない。それは棚にあった。
 口の広いビンの中にドロッとした茶の油脂があって、鼻を寄せると動物の臭いがした。すぐ、天井から吊るされたランプを外して油脂を入れて再びはめ込み、フタを持ち上げてライターで点火すると、炎が音を立てて燃え、屋内に明るさが戻った。小型懐中電灯のス
イッチを切って、ブルゾンのポケットに入れる。
 改めて室内を見回すと、囲炉裏を囲んでびっしりと天井の梁からシナの木の皮を細く削いだ蔓ひもで、数匹ずつ腹の部分を編んだ燻製のイワナが無数に吊り下げられている。
 押入れには衣類、夜具や農良着があり、木箱が幾つかあった。
 開けてみると小箱が幾つにも整頓されてある。
 一つには手巻きの毛ばりなどの疑似餌や、釣り糸などの川漁の仕掛けが詰まっていて、一つには鉄砲の弾薬類。一つには薬草類。
 一つには……一万円札がぎっしりと束になって詰まっていた。
 孝二はあわてた。
 誰もいないのに思わず周囲を見渡し、目を閉じて蓋を閉めた。孝二は何も見なかったことにして、もう一つの悪い癖を封じ込めた。
いまは環境が違う。盗癖などはとんでもない。
 天井裏の敷板の上には薬草と竹細工、土間の壁は釣り具、漁具、猟具、農具の類、太いロ-プの束などが掛けてある。
 器用に作られている素朴な継ぎ竿なども手作りらしく、漆で塗ってあるものもある。
 台所側の土間には、米、漬けもの、食料、調味料や食器類の棚もあり、一カ月ぐらいはこのまま暮らせるような雰囲気だった。
 入口側の土間には作業用の地下足袋や、草鞋(わらじ)の束、雨具などがある。
 孝二は草鞋を手にとってみた。
 こんなものが長い間、履物だったなんて……珍しい玩具でも手に入れたような感激で、上がりがまちに腰を下ろして草鞋を足にはめてみる。
 その時、土間の隅の闇から動物の唸り声のようなかすかな気配があるのに気づいた。ポケットから懐中電灯を取り出して土間の隅を照らすと、光の輪の中で、あのブチ猫がうずくまって、銀青色に光る眼を電灯に反射させて孝二を睨んでいる。
 孝二は妙なものに気づいた。
 ブチ猫の横に、見えかくれして青白い炎が細くゆらめめいているのに気づいたのだ。その異様な炎は、かすかに燃えては消え、また現れた。孝二は、幼い頃、岩手の山村の墓地で同じものを見たことがある。雨の日のことだった。
 家に帰って父に話すと、それは燐光だという。人の骨、動物の骨などから自然発光すると教えられた。しかし、燐光があるということは、その下に燐光を発する物があるということになる。
 孝二は、ブルゾンを脱ぎ捨てて、土間に降りた。
 壁に掛けてあるスコップを外して、土間の隅に近付くと、ブチ猫が低く唸って孝二を見すえている。
 孝二は一気に湿った土を掘り起こした。
 そこだけ柔らかくなっていた土間の土はたちまち穴をひろげ、やがてスコップに手応えがあった。
 手を休め、手ぬぐいで顔の汗をぬぐってから、手に持った懐中電灯で穴の中を照らすと、黒土にまみれて白骨が見えた。
 スコップでこじると骨がばらけ格子縞の布が絡んだ。それを持ち上げたとき、ブチ猫が毛を逆立てながらスコップに飛びつきボロボロの布を噛んだ。孝二は、思わずスコップを振ってブチ猫を振り落とし、そのスコップをブチ猫の頭目がけて振り下ろした。
 ブチ猫は軽く身をひるがえしてその一撃を避け、素早く孝二の手の届かない距離まで飛び下がって様子をうかがっている。
 孝二が一歩前にでると、猫はその距離だけ下がって唸った。
 孝二は猫の出方を用心しながら、穴に土をかぶせた。背中に冷や汗が滲んでいる。猫はいつの間にか消えていた。
 ぐったりと、火の気のない囲炉裏端に座り、タバコに火を点けようとようとすると、ライターを持つ手が震えている。
 どうやら一服して煙を吐くと、気持が落ちついた。すると、靴下が泥だらけなのに気づいた。
 孝二は靴下を脱ぎ、付け木を見つけ囲炉裏に柴木をのせ、火を起こした。硫黄の臭いが鼻をついく。部屋の空気がたちまち暖かくなり、心も落ち着いた。もう眠る気にもなれない。
 燐光を発しているということは、そう古い死体でもないはずであるが、どう解釈すべきなのか。あれが人骨だとしたら、どういう意味があるのか。このミステリーを解く鍵はどこにあるのか?
 あるいは、あの福山が掘った穴から逃げた殺人傷害前科五犯の黒谷剛三という男が山に逃げ、山里の農家に押し入って強盗と殺人を犯して警察に追われたが、そのまま消息を絶っていた。その事件と何らかの関係があるのだろうか。その時の服装は……たしか、囚人服から農家の男のチェック柄のシャツに着替えて逃亡したと聞いている。孝二とは反目して争った男だったが……。
 それとも、康介の昔話に聞いた山男のような対決が今でも続いていて、左吉を狙って侵入した敵を乱闘の末、殺害して埋めたものでもあろうか? その謎を解く鍵はあるのだろうか?
 孝二はふと何か気になって、下駄をつっかけてもう一度土間に下りた。上がりがまちの下の板を動かすと板が外れ、床下から冷たい風が吹いた。ライトで照らすすと床下に木箱があった。
 木箱を引き出しすと直径二十センチ程度の土カメが四個詰まっていた。その一つの蓋をとると、塩漬けの異臭が鼻をつく。漁のための餌なのか、恐々と指を入れて中を探すとた肉片に触れた。
 いつ戻ったのか、土間の隅にブチ猫がうずくまり孝二の動きを目で追っている。
 孝二が肉片の一つを手にしたとき、猫の目が光った。
 孝二は、狂暴な野生を残す野良猫の本性を知らなかった。那須の山にはまだペット化しない猫もいたのである。孝二が、さらにカメの中に手を入れ、爪ののびた指を確認したとき、ふと、猫の気配に気付いてふり向いた時は遅かった。ブチ猫が跳んで疾風のように孝二を襲ったのだ。ブチ猫の爪が孝二の肩先に、牙のように鋭い歯が右腕上部に食い込んだ。とっさに左手で猫の首を締めると猫が口を開いた。猫を投げ出すと、猫は一度とび退り、また二間ほどの距離に忍び寄り毛を逆立てて唸り、孝二の隙をうかがっている。
 孝二は土間を走り、壁にかかった三本刃のヤスの柄をつかみふり向いた。猫が跳躍するのと孝二がヤスを突き出すタイミングがピタッと合い、手応えがあった。
 猫はそのまま孝二の腰にしがみついて爪を立て、孝二はヤスの柄を振り猫を腰から離し、土間めがけて叩きつけた。
 重い音がしてヤスが肉を千切って撥ね、羽目板に当って落ちた。
ブチ猫は血を吐いてもがき、動かなくなった。
「ちくしょう!」
 孝二は逆上した。
 ジーンズが破れ、血がにじみ右腕も痛む。孝二は呻いた。応急処理をしなければ……と、孝二はあせった。
 押入れの中で見つけた薬草から、これと思われる葉をもんだ。
 オオバコ、エビス草、オケラ草、コレンギョウらしい葉がそれぞれ別々にビニール袋に入れられているが、何の葉が何に効くかは孝二には分からない。
 とりあえず、緑が残っている菊科に似た葉を茎ごと口に入れ噛みほぐしてから手でもみ、傷口に貼りつけ、ボロ手拭いを見つけてそれを裂き巻きつけた。
 良薬は口に苦がしとかで苦がさが強烈に広がる。唾液を何度も吐き出したが口の中が麻痺したように感覚を失っている。
 気のせいか傷の痛みは和らいだ。
 身体がゆれている。目を見開いているのにランプの炎がぼやけ、意識がぼおっとうすらいでいくような気がする。急に眠む気が襲って来る。身体があやしく火照っていた。
 彼は、無意識の内に薄い夜具に無造作に倒れこみ、そのまま眠りに落ちていった。
 全身が妙にけだるく熱い。体内を熱湯のように煮えたぎった血液がかけめぐっている。薬効だとしたら、処方を誤ったのだ。
 眠りに引きづりこまれながら孝平は、下半身のうずきを感じていた。ジーンズは傷の手当ての際に脱ぎ捨てている。うずいて怒張した下半身に、傷ついていない左手がのびている。
 夢の中で、発掘現場横の林で抱いた女の目が笑い、のど元のホクロが大きくなって孝二を圧殺しようとする。
 ようやく、それをはね除けると黒田原のアケミという女がのしかかって来て、孝二を押さえ込み自由に欲望を遂げてゆく。それが消えると、通夜の夜に見た幻覚の妖しく艶麗な女が恐ろしい目で彼を誘う。
 ふと、その女の柔肌の誘惑に負けて吸い込まれるように触れてゆくと、女の口が大きく開いて鋭い牙が孝二の頭をかみ砕いた。そこで孝二は死んだはずなのに、下半身はだらしなく燃えている。
 闇の中に、孝二の荒い呼吸があえぎながら続いた。
 ランプの火は油が切れかかっているのか細くゆれていた。やがて真の闇になり孝二のあえぎも止んだ。
 生きているのか死んだのか、自分でも判然としない闇の中で、孝二の魂は宙をさまよっている。まるで、いままでの人生そのもののように何の価値もない時が流れている。

 

27 夜明け

 

 翌朝、騒がしい声で孝二は目覚めた。
 気分は、すっきりしていて快い。腕時計を見るとすでに八時をまわっている。
 孝二の顔の上を手伝いに来ている村の女の白い脛が、故意なのか遠慮なくまたいでいる。薬草の効き目もあってか、傷口の痛みも癒えている。頭の中だけは、まだ、夢見心地の靄がかかった部分があるが、ハイの気分にさせる脳内物質エンドルフィンでも浸出しているかのように、はしゃいだ気分になっている。
「そろそろ、起きるかね」
 女衆の一人が、孝二のくるまっている布団を剥ぐ。
「あらま兄さん、なかなか元気だねえ」
 その嬌声がなにを意味するのかが部屋中に伝わり、女全員の視線が孝二に注ぎ、たちまち淫靡な笑いとざわめきが起こった。
 孝二は、腰を引きながらすねた顔で身を起こし土間に下りた。
 土間に倒れていた猫の姿が見えない。多分息を吹き返して床下にでも身をかくしたのだろう。孝平はホッとした。
 裏木戸を開けて井戸端に立つと、少しばかりの雲はあるがほぼ快晴で真夏なのに風が冷たい。空の青さが冴え、木々の緑が目に沁みる。井戸水で顔を洗ってタオルで拭き、ふと、雑草の小さな白い花に気付いたとき、その横に傷だらけのブチ猫が凄い目で孝二を睨ん
でいることに気付いた。
「こいつを構うでねえよ。山育ちの野良猫は怖えからね」
 通り掛かった中年の女が孝二に忠告した。
 屋内に戻り帰り支度をしていると、背後に女の声がした。
「お兄さんの朝御飯を持って来たからね」
「ありがとう」と、振り向いて、孝二はハッとした。
 風呂敷包みを持つ女の喉元に、くっきりと生きボクロがある。
「かつ子さん……康介さんは、そろそろ来るかね?」
「お客さんと朝まで飲んでて、いま朝めし食ってるだよ」
 この会話で、この女性が康介の妻のかつ子だと分かった。
 女が目を見開いて近寄り、懐かしそうに孝二を見つめた。
「あん時の学生さん、久しぶりだねえ」
 かつ子は、孝二の隣りに座り、風呂敷きをゆっくりと開いて重箱をとり出しながら、誰にも聞かれないように囁いた。
「また会おうね……うちは、その先の香川って家だから」
 そして、甘い小声でつけ加えた。
「あのときは、とてもよかっただよ」
 食事に釣られて逃げ出すタイミングを失った孝二は、てきぱきと立ち働く康介の妻の姿態を目で追いながら食事をし、福山が戻ったら一緒にすぐ退散しよう、と思った。
 やがて、康介と信方、疲れ顔の福山が現れた。仕事がある永山は勇夫の車で朝早く先に帰ったという。したがって信方は永山の四駆で帰ることになる。葬儀は午前十時から始まった。
 昨夜来た見習い僧のたどたどしい読経があり、村の長老格がとりし切った葬儀は終わった。男衆が棺を担いで霊柩車に乗せると、若い僧も一緒にそれぞれの車に分散して火葬場に向かった。
 午後一時、佐吉が骨壺に納まって帰って来ると、全員に塩が振りまかれて昼食になる。どこから運ばれたのか、また寄進の酒やビ-ルが振る舞われた。いつの間にか葬儀に顔を出さなかった村人までもが図々しく集まり、二間だけの狭い部屋はいっぱいになり、外にも縁台が出されて飲めや歌えやの宴会になる。
 ふと、福山が信方と孝二を誘った。
「川を見に行くかね?」
「どこへ?」
「きまってるだろ。絵地図のとこだよ。一緒に行くか?」
 適当に書かせた絵地図なのに、福山はまだ信じているらしい。雨は上がっているが、何か嫌な予感がする。
「今日は、遠慮するよ」
「あとで来るなら、オレの車が康介さんとこにあるからな……」
 二人が出掛けた。清めの宴席では、もはや、佐吉のことなど話題にも出ない。女衆も参加し、孝二もいつか調子づいて下手な歌など歌わされる羽目になっていた。村人にとっては、葬儀もまた貴重なレクリエーションなのだ。
 だが、酒の切れ目が宴の終わりであることも昨夜と変りない。たちまち、お開きになると、手際よく後片付けが済んで義理手伝いの女衆も散った。
 康介の妻が、帰り際にそっと告げた。
「ここに残りな。夕方、亭主が出掛けるから忍んでくっからな」
「ああ」と、罪悪感と期待感の入りまじった不道徳なときめきの中で曖昧な返事をした孝二だが、心はすでに決まっていた。信方と福山を追って山に入るのだ。行く場所の見当はついている。
 村の長老がいった言葉が耳に残る。
「殺生やる者にろくな者はいねえ」
 最後に残った康介が、雨戸を閉めながら孝二に声をかけた。
「あんたも、うちへ寄るかね」
「先に帰って下さい。すぐ車をとりに行きます」
「オレは用で東京さ行かねばなんねえ。また、会おうな……」
 康介が悪い足をひきずって帰るのを見届けてから、孝二は、鹿皮の腰当てを持って立ち上がった。
 昨夜、長老が宣言した。
「左吉の財産はな、このボロ家を貸してた上に、佐吉とは一番仲がよかった康介が全てを引き継ぐのがじゅんとうだが、いいな?」
 これで決まった。押し入れの大金のことは誰も知らないから異論など出ようがない。むしろ、康介に申し訳ないと思っている。
 その康介が、最後まで残って手伝ってくれたから孝二に形見分けをくれるという。そこで、この鹿皮の腰当てを望んだのだ。
 この腰皮を身につけてみると、村田銃を抱えて雪山を駆け獲物を追う佐吉の気分が分かるような気がする。

 

 

28 出漁

 

 まるで、遠足を前にした子供のようでもある。
 一人になった孝二は、土間に下りてカメを取り出した。
 この餌で左吉は尺(三十・三センチ)以上の獲物を揃え続けることができたのだろうか。那須の大自然をそのまま活用した養魚場があるとしたら、獲物を飼育し、自由に、必要に応じて供給することが可能になる。
「天然魚を飼育する」
 全ての条件が整った天然の漁場があって、いつでも好きなだけ捕獲できる。これこそ職漁師にとっての夢ではないだろうか。左吉は多分、それを実現したのだ。
 しかも、他の釣り人には釣果を上げることが困難なように、特殊な方法で餌付けをする。彼等の争いは、あるいは漁場をめぐる争いだったのではないか。この仮説は孝二を興奮させた。
 この顛末を見届け確認してから帰ろう、と孝二は思った。
 イワナ釣りなどに、まったく興味のなかった孝二にとって、この心の動きはまさに狂気の沙汰としか思えない。この異様な心のたかぶりが、あの妙な薬草のせいだとしたら、それも仕方がない。
 孝二は口笛を吹きながら、必要な漁具を集めていた。
 手製の継ぎ竿が一本、ヤスが三本、大きめの手網、使い古しの仕掛け巻きには、新しい鉤が結ばれていてすぐに使える。
 ワラで編んだカマスがあった。両端に背負い縄も付いている単純な入れ物だが、これならば荷物も獲物もたっぷり入る。
 食糧は、とりあえずは葬儀の残りものを集めれば一食分は間に合いそうだ。最悪の場合、野宿を一晩するとして、米、味噌、飯盒、山ナタ、火を燃やすのに便利なツケ木、それらがあればいい。
 雨具や懐中電灯、ナイフなども用意した。
 服装は、猫との闘いで破れたシャツとジーンズは脱ぎ、左吉の川漁用の仕事着を探した。
 寸づまりで窮屈だが、筒袖の山着に細身のズボン風猿っぱかまを履き、その上に紺の脚絆を巻くとどうやらサマになる。手っ甲もあった。ただし、小男の左吉の着衣を標準サイズの孝二が身につけると、多分、人が見たらこっけいな姿にしか映るまい。足まわりは自分のシューズにわらじを巻く。
 竿も三本刃のヤス三本、肉片入りのカメを二つ、荷物は全部カマスに放り込み、背負い縄の位置を変えて、肩から斜にかけることにした。
 腰皮を付け、一歩戸口から外に出てみると、外には爽やかな高原の風が吹き、梢の揺れる音や小鳥の声が賑やかに聞こえていた。
 もう一度、あばら屋に入り荷物を再点検し直してから囲炉裏の火に灰をたっぷりとかぶせ、戸締りをしてから外に出た。
 その恰好で、福山の四駆を預けてある康介の家に行くと、丁度、東京へ出掛ける康介を車に乗せて、かつ子が運転席に乗り込むところだった。孝二が気軽に先に声をかけた。
「夕べ、ジイさんに聞いた例の鬼が淵でイワナを釣って来ます」
「とんでもねえ」
 康介が顔色を変えた。
 助手席に乗り込んでいた康介が、血相変えて下りて来てズボンの裾を上げ、右脛を見せた。骨までが見えそうに歪んでいる。
「これを見ろ! 佐吉さんに内緒であの淵に行ったらな、あそこのヌシにガツ-ンとやられちまった」
「分かった。ちょっと覗いたら帰ってくるだけだから……」
 それを聞いたかつ子は、家の中に戻っている。
 康介が心配そうに付け加えた。
「いいか、よく聞けよ……板室の大黒旅館の先の車止めで車を下りたら、そのまま本流沿いに歩いて矢沢との合流点の手前で、右に曲がると、人一人がやっと通れる佐吉さん専用の細い林道に入る」
「専用ですか?」
「鬼面沢は水のない涸れ沢でな、本流には伏流水となって合流するから地図にも乗ってねえ。だから、いままで長い間、誰にも見つからずに済んだんだ」
「本当に、地図にもないんですか?」
「林野庁の営林マップには載ってるそうだがな」
「地図なしでも行けますか?」
「その林道の突き当たりの崖下に涸れ沢がある。そこから降りて遡行すれば二キロほどで鬼が淵に出る……ただな、そこからは断崖絶壁で足場はねえから、大雨が来たら夢中で走って逃げるんだ。途中に一か所だけ、左吉さんが雨よけに使った場所がある。いざとなったらそこまで逃げねえとおダブツだぞ。涸れ沢がたちまち鉄砲水で濁流に化けて人間を丸呑みにするからな。
 淵を見るだけなら、今から四時間もあれば充分だで、暗くなる前には帰れるだろう……菊知さんと福山さんも、見るだけだと言うから場所を教えたんだ。ま、気をつけて行って来なせえ」
 家から出て来たかつ子が、竹の葉に包んだ物を孝二に渡した。
「お握りと香の物だけだよ。もう一日、あの家に泊まんな」
 こうして、孝二も信方たちの後を追ったが、ここから先は、自分でもどうなるか予測はつかない。
 黒森から大谷牧場の脇に抜け、県道六八号の那須西郷線を西下して広谷地から矢板那須線に入り那珂川を高原大橋で越えて戸田の交差点を右折して板室温泉郷にと向かう。大正村の幸の湯先の二股を右に進むと大黒旅館の先で車は通れなくなり、そこに信方らが乗り捨てた永山の四駆があった。
 そこからは康介の指示通りに進み、道とも思えない藪や林を越えて目指す涸れ沢の崖上に出た。
 そのまま、沢に降りようとしたが、急角度の崖は崩れやすいゴロ岩と灌木の群生するだけで、道がないだけに眼下はるかな沢に降り立つのは容易なことではない。
 ところが、そこから十メ-トルほど上流の灌木の幹の表皮が剥けているのに気づいて行ってみると、やはり、そこが道だった。そこには歩きやすいように樹木沿いの谷道があり、足元も踏み固めて段になっていた。荷物を担ぎなおしてヤブ漕ぎをしながら慎重に降りると、難なく水のない河原に立つことができた。渇いた石で視界が眩しい。そこからは、大小の石を踏みしめながらの遡行となる。立ち止まると足元でかすかに水音がする。伏流水は間違いなく鬼面沢
に流れていた。
 沢は徐々に深くなり視界が少しづつ暗くなってくる。見上げると崖から突き出た樹木が両側から谷を覆っている。
 よく見ると、ナイフで切り落として割いた山ブドウの蔓が足元に落ちていて、それは、沢に下りた時から続いていた。多分、信方と福山が林を歩きながら山ブドウの蔓を切り、歩きながらイワナの餌になるブドウ虫を確保しながら歩いたものと思われる。
 ブドウ虫は、山ブドウの蔓の節から節までの間の茎の中に住む二センチほどのうす茶の白っぽい虫で柔らかいその身はイワナやヤマメなどの渓流魚にとっては極上のご馳走なのだ。その渓流釣りの餌として最適なブドウ虫を、信方が用意するということは、あの二人も鬼が淵のイワナに興味を持ったとことになる。
 孝二は滲み出る汗をハンカチで拭きながら、ピッチを早めていると、一時間ほど歩いたところで水音が聞こえてきた。
 一メ-トルほどの堰をよじ登ると、その先に清流があった。
 流れは堰の上流で吸い込まれるように積み重なる大小の石の間から音を立てて地中に流れ込み消えて行く。孝二は、冷たくて美味な鬼が沢の水を飲み、いよいよ本格的な沢登りに入った。
 見上げると両側共崖は直角に近く、雲が近くに迫っている。それだけ谷が深く視界が狭いのだ。天候は明らかに崩れている。
 雨が降ったら、と隠れ場所を探すが、とてもそのような場所はない。その時は、崖から下りた地点まで逃げるだけだが、その前に鉄砲水に襲われたらひとたまりもないだろう。
 胸までの徒渉を何度か繰りかえしながら、孝二は進んだ。大石の多い渓相で水は冷たい。

 

 

29 歓迎

 

景観を楽しむ余裕などもはやない。孝二はひたすら上流へ向って急いだ。谷はますます暗く深くなってゆく。
 小滝があれば岩にしがみついて登攀し、徒渉不能な深淵は荷を背負ったまま泳いで遡行した。
 上流になるにしたがって岩壁は、滑りやすい逆層の粘板岩になり小滝ですら直登できず、滝横のブッシュを高巻きして上流に出なければならない。余分な時間が費やされた。
 何ヵ所か、傾斜からみて崖上へ逃出できそうなルートを見つけたので、少しテスト的に登りかけてみると、そのガレ場は、崩れやすい地質の洪積層砂礫土砂で、すぐ足元が崩れてとても上までは登れない。ましてや雨のときは土砂に叩かれてしまう。
 川石が大きくなった。源流が近い。
 谷がさらに深くなり、滝の音がした。しばらく進むと大きな淵の下に出た。沢が二方から流れ落ち、三米ほどの滝になっている。左は塩沢山、右は鬼が面山側から落ちている。
 右側の沢は川幅の割に極端に水量が少ない。
 孝二は今たどって来た谷筋をふり返った。
 淵から流れ出る水は、音を立てて瀬を走る。二つの沢から小滝に落ちる水の量の数倍もの水が淵から流出している。
 ここも、淵の底から湧き出る伏流水があるのだ。
 淵下の瀬を横切って岩に身をひそめ、じっと深い淵をのぞくと、型のいいイワナが白い泡の下で群泳している。水が澄んで白い背の斑点がはっきりと見えている。
 左吉はここでも獲物を得たのだろうか? だが、那珂川水系を熟知している信方の姿がここにない。と、いうことは、これがダミ-になっていて、多分、並の釣り師はこの淵で足を止めるだろう。
 ふと孝二は何度か行った蛇尾(さび)川を思い出した。
 その川は晴れると上流の水が地下を流れ、雨が降ると川になる。
涸れ沢のときはまるで魚のいない川のようだが、山奥に入るととんでもない深い淵があり、尺を越すイワナがそこに潜んでいた。
 ところが、そのかなり下流にちょっとした滝つぼがあって、そこの魚影に騙されて釣り人はそこで竿を出し、上まで登らない。
 孝二もその下の滝つぼで二十八センチを頭に十五尾ほどを釣って帰り、岐路に寄った那珂橋東詰めで川魚とオトリ鮎を業とする升田屋に寄って笑われた。
「涸れ沢を一キロ上まで行けば、全部、尺物だったによ……」
 大物の釣れる場所に辿りつくには、水がなくても騙されないように、そこから難所を越え、登りつめねばならない。
 孝二は気をひき締めて、小滝の横をまいて、チョロチョロ流れの右側の沢に向って登った。今度は水量に騙されない。
 大イワナは、高い滝でも、滝壷の深さが同じくらいあれば水量が増えたときに、水の中で勢いをつけ助走して一気に跳ね上がる。
 しかも、魚体が大きいほど跳躍力は高くなるから、大水が出れば大物は自由自在に上下流を走るという。
 孝二は、さらにほとんど水のない沢を三十分ほど歩き続け、不安になっていた。この上には水はないような気がする。と、すれば伝説の魔の淵など噂だけで、やはり先ほど通過したあの小さな滝ツボが漁場だったのか。
 頭上で小枝のきしむ音がした。見上げると、ムササビらしい小動物が滑空して対岸の茂みに姿を消した。
 ミヤマ柳やトチの木の枝が沢を包んでいる。康介の昔話だと、淵の上に高くそびえる崖があり、そこから役人に追われた村人が身を投げたという。そうすると先刻の淵では情景が違ってくる。
 孝二は歩みを早めた。
 濡れた着衣も乾き汗が流れ、腹の虫が鳴く。小休止してかつ子が作ってくれた握りめしで食事をし沢の水を飲む。
 冷たい水がのどに沁みる。再び歩き始める。
 右側の断崖の岩がえぐれている地点で孝二は足を止めた。水面から二米ほどの岩場に焚き火の跡がある。雨露が凌げる広さがあり、よく見ると雑木で組んだ小さな棚がある。多分、魚を焼いて干すのに用いたのであろうか。
 これで、二メ-トルまでの増水なら、逃げ込める場所があるのを知った。耳を澄ますと川音にまじって水量の多い滝の音がする。
 岩角を二ヵ所ほど曲がると水が見えた。対岸に渉ると膝までの深さだった沢の水が、たちまち腰下にまで深い沢になっていた。
 流水はこの下で、小石の間を縫って地下に吸いこまれている。
 流れは意外にきつく足元がとられそうになる。
 孝二の脛になにか当る気配がした。
 足元を透かすと、まむし除けに巻いた紺脚絆のまわりに、良型のイワナがまとわりついて泳いでいる。魚影が濃い。胸ビレの前縁に白い線、背に黄味を帯びた斑点、まさしく天然イワナだった。しかも、どれもが尺を越す見事な良型ばかりなのだ。孝二はまだ尺イワナを釣ったことがない。これを釣れるなら黄金などいらない。もっとも、太閤大判など架空の物語に過ぎないのだから……。
 よく見ると、この天然イワナは、背ビレを水面に出して遊泳し、斜行したり、跳躍したりして孝平を歓迎するかのように、周辺に群れている。それにしても、人影を恐れないイワナなどいるのだろうか。渓流魚の中でもとくにイワナは警戒心が強く、人の気配を察しただけでも岩蔭にす早く身をひそめ、数時間はそのまま姿をあらわさない習性をもつはずなのに……。
 孝二は、あることに気付いて愕然とした。魚群が孝二を包んでいるのだ。孝二はあせって水際の岩場を歩ける場所まで急いだ。
 孝二が急ぐと同じ速度でイワナの群れが動き、立ち止まると彼等はしらじらしく岩蔭で休んだり、仲間を追って旋回して遊ぶ。
 孝二は、それが何を意味するのかを考えてみた。彼らは、孝二が巻いた脚絆から佐吉の体臭を感じ取って、餌を運んで来たと思って歓迎してるのではないだろうか? こう思うと心が落ちついた。
 水量が増えると、水勢に押されてなかなか前に進めない。多分、日本三大急流で大鮎を追う名手の信方は苦もなく進み、福山は必死でこの流れに苦闘したことだろう。
 やがて、滝の音がかなり大きくなった。
 雨雲が広がって、大粒の雨がポツリと孝二の頬を濡らす。
 こうなると時間がないから早く結論を出さねばならない。
 しばらくして、目指す滝が目の前に現れた。
 見上げるとはるか上空から、しぶきを上げて大量の水が流れ落ち、滝は白い奔流を吹き上げ、白泡は底見えぬ深淵をさらに包みかくしている。瀑風と冷たい霧が孝二を襲った。
 思わず孝二は身震いをし、流れに押し戻されて下流に下がった。
 ここが昔、逃げ道を失った村人が飛び込んだ滝ツボだとしたら、まさしく死の淵としかいいようがない。
 数十米の空間を白い壮厳な水の壁が、不規則な模様を描いて重厚で青い深淵に崩れ落ち続けている。さすがに鬼が淵、人間の命や魂などひとたまりもなく吸い込まれて行く。
 孝二の胸の鼓動は、滝音以上に高まっている。佐吉が育てた獲物はまさしくこの中にいる。人間の姿を見ても恐れも隠れもしない先程の良型の尺イワナが孝二の手中に入るのだ。
 孝二は深呼吸をして気持ちを整え、獲物への対決を決意した。
 淵の岩場に向かうには、岩場沿いに進んで来た今の位置から対岸まで急流を渉らねばならない。いつの間にかイワナの群れは一尾残らず淵に入って姿を消していた。
 轟々たる滝の音にまじって、どこからか人声が聞こえる。
 その声は対岸の岩場から聞こえた。信方の声だった。
「だめだ、そこを渉るのは危険だぞ-!」
 見ると、信方が中腰になって叫んでいる。
 その横には足から血を流した福山が横たわっていて、信方が布を巻いて応急処置をしていたらしい。
「ケガですか-?」
 下流からの孝二の声は、滝の音に消されて届かない。

続く。