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至福のひととき
新海 富美代
かなり以前、私がまだ整体師になる前のことですから20年以上も昔のことになります。
その頃の私は体調が悪く、医師からも見放されていて整体に頼るしかなかった時代です。
その時の私が、整体の施術を受けていて感じていたのは、その時間こそ私にとって「至福の時」だったということです。
その当時の私は、お勤め仕事に主婦、母親でもあり幾つもの役割がありながら体調不良、このような環境の中で唯一、何もしないで 自分の時間等持て自分だけのくつろぎの時間が過ごせたのですから心も身体も癒されたひと時でした。
私にとって整体で施術を受けている時間こそ、自分だけの時間として日頃の自分を見つめ直したりして有意義に、しかも気持ち良く夢心地の気分で過したものでした。すでに20余年を過ぎても今も尚、その時の快い感覚が残っているのですから、身体の矯正が必要な人にとっては、整体師の手技はまさしく救いの手であり神の手とも思えて不思議はないのです。
私はその後、その時の整体師(女性)を師として教えを乞い、今やこうして自分が是術をする立場になって人様のお役に立つべく日々心新たに努力を続けています。それもこれも、私の手技によって施術を受けられた方々が昔の自分が体感したような「至福のひと時」を過ごして頂き、身体の歪みや筋肉の凝りや痛みが改善され正常に快復してお帰りになる・・・こう念じております。
お陰様で常連さんが定着し、その紹介で新しい顧客が増えていて毎日が楽しく忙しく充実している日々となっています。
最近、このようなことがありました。
9月の下旬のある雨の日のことでした、定期的にお見えになる主婦でパートの50歳の女性(仮にAさんとします)が予約時間より少し早めに来られましたので待合室でお茶でお待ちいただくことにしました。先客の施術をしながらAさんの様子が少しおかしいことに気付いていました。
先客がお帰りになり、いつも通りにAさんの施術に入りました。案の定、筋肉の張りが違いますし身体の疲れが手に伝わってきてなにか痛々しいのです。施術をしながら様子を聞くと、気温の寒暖差で体温の調節が悪かったのか鼻喉がぐずついて、体調も何となく悪そうです。私が「お医者さんには?」と聞くと、「少しだるいのでパートは休んだが、熱はないし風邪の症状とも思えないので」と言いますので、そのまま施術を續けました。
私達の考えでは、整体は予防医学で身体の骨格を正しく矯正して肩こり腰痛や足腰を正常化するのが役割で、病気治療は医師の役割、この考えに徹底していますから、Aさんが風邪の一歩手前なら風邪になる前に抵抗力をつけて風邪にならないように気持ちも強くと考えて施術します。
いつもならAさんから話しかけてくるのですが、この日は心身共に疲れ気味で気だるい様子でしたから、この日は疲れを取り癒
して差し上げることが肝要と、部屋の照明をオレンジ色の食卓系にし、お香も季節の香り「金木犀」をたて 心が休まる癒しの音楽を低く流して施術をしました。身体のあちこちがいつもより硬くこわばっていましたが、ゆっくりと手足から脊柱を中心に重ね手掌も交えてツボ療法を続けるうちにAさんの青白かった顔色が徐々に赤みがさして平常に戻り、やがてAさんから話し掛けてきて、「いま、すごく気持ちがいいので70分コースに変更してください」と言われ、50分コースを20分ほど延長してごく自然にいつものペースに戻って施術を終えました。
AさんはBGMに触れて、「うとうとしながら流れている曲を聞いていると、森の中に泉があり、水の流れる情景が頭に浮かんですごく快くて、ここでやめるのは惜しいので20分延長させて頂きました」、そしてAさんは、「わたしは昨日、パート先で嫌なことがあった上に家庭でも小さな諍いがあって寝不足で体調も悪くイライラしていましたが、これでスッキリしました。わたしにとって今日の癒し整体は、至福のひとときでした」、このAさんの一言こそが、ほぼ20年間、私が待ち望んでいたものです。
私が師から受けた「至福のひととき」を、いま初めて自分の施術で人に与えることが出来たのです。
Aさんは、「今日は整体を受けにきて良かった」と言って帰りましたが、私もまた嬉しい気持でいっぱいでした。