時刻は10時を過ぎただろうか。
マメを膝に乗せてもらったチハルは、最初はおっかなびっくりマメを撫でていたがもうずいぶん落ち着いた様だ。
泰葉はミルクティをカップにそそぐとチハルの前に置いた。
「で、本当なの?うちのマメが福を呼ぶ招きネコっていう話は?」
ミルクティに手を伸ばしながら、チハルはコクコクと頷いた。
福を呼ぶ招きネコ、もとい若葉の愛猫マメにお悩みを相談すると叶うらしいとの噂がまことしやかにささやかれているのは本当のようだ。
チハルはミルクティをふうふうと冷ましながらちびちびと啜り、美味しいとふうっと大きな息を吐いた。
「もう先輩の先輩のそのまた先輩くらいの代からずっと言われてることなんです。」
チハルは愛おしそうにマメのお尻をフワフワと撫でながら、ポツリポツリと話し始めた。
最初の始まりはある高校生だった。
彼は受験勉強に追われ心をすり減らしていた。センター試験まであと数日。ふらふらと入り組んだ路地を参考書片手に歩いていると、どうやら道に迷ってしまったようだった。
目の前には古民家のようなカフェが一軒。寒かったし塾まで時間もあったものだから青年は目の前のカフェで一休みをすることにした。
重たい扉を開け店の中に入ると店内は暖色の電灯がついており、少し薄暗かったものの優しい雰囲気が感じられた。彼はコーヒーを注文し、参考書を開く。眉間に皺を作りながら勉強する彼に、マスターがこだわりの一杯を振る舞った。
コーヒーに口をつけると、青年の眉間の皺はフワッとほぐれ、美味しい!と気づいたら声に出していた。マスターはニヤニヤと青年に話しかける。
「おまえさん、眉間に皺ついちまうぞ。受験かあ?大変だな。」
「そうなんですよ、いよいよ試験も近づいてきてやってもやっても不安なんですよね。神様にも縋りたい気分です…」青年が眉間を撫でさすりながら苦笑いをした。
「そうだよなあ、なんかしてやりたいけど俺はうめえ珈琲を作ることしか出来ないからなあ」
マスターは腕を組んで店内を見回すと、閃いた閃いたと奥からなにやら白い物体をむんずと片手でつまんできた。
「ほらよ」
マスターは片手の物体を青年の膝の上に優しく置いた。
それは白い猫だった。フワフワと暖かい生き物の感触は彼の心を癒した。
「こいつは神様のネコだからな。願い事なら一つくらいは叶えてくれるかもな。ま、ネコだから気まぐれにご注意だがなあ」
マスターはガハハと白い猫の頭を乱暴に撫で回すと、サービスだゆっくりしてけとコーヒーのおかわりを青年のカップに注いだ。
青年は眉間をさすっていた手を、膝のネコに下ろした。じんわりと暖かさが伝わってくる。
その暖かさはさながら湯たんぽのようで、自分以外の生き物から伝わる熱は逞しく、こんなに暖かいものなんだとしみじみと感じさせた。
すると、早く撫でろと言わんばかりに白いネコが振り向いた。そのふてぶてしい顔つきに思わずごめんごめんと言ってその丸まった背中を撫で始めた。
「おまえが神様のネコかぁ、頼むから志望校に合格させてくれ」と、藁にもすがるような気持ちで声を出してお願いをすると、膝の上から、ブア〜ンと気が抜けたような返事が聞こえてきた。
思わずマスターと目を合わせて、ガハハと笑った。