
新渡戸稲造著、桜井桜村訳、幅雅臣装丁、えむ出版発刊、復刻版・本体5千円。
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武士道を考えるー12
花見 正樹
第九章、武士道の忠節
人は、誰でも自分を支配するもの自分の生活を庇護する者に対して多かれ少なかれ恩義を感じます。
この極端で最たるものが、自分に禄を与える主君への「忠節}と考えると理解できると思います。
武士は、自分個人の生活よりも公務を優先するように教育されて育ちます。
即ち、武士はよき主君のためには命を投げ出して戦い、よき主君のために死ぬことを恐れません。
では、よき主君でない、暗君と呼ばれる無能な主君の場合はどうするか?
それでも、主君には盲目的に逆らえないのが武士の忠節なのか?
暗君のためでも、黙って死ななければならない時もあり、自分は正しいのに暗君に詰め腹を切らされて死ぬ場合もあります。
この場合、主君への忠誠心は絶対に必要ですが、死を賭して暗君に正義の道を説くのも忠節とされます。
ただ、主君の言いなりに無節操に媚びへつらい、主君のご機嫌をとりに終始する口先だけの家臣は「佞臣(ねいしん)」と評されます。
また、どんな無理難題でも主君の言いなりで、奴隷のように主君に追従するだけの家臣は「寵臣(ろうしん)」と評されます。
これらは、主君に命を託す武士道の忠節とは、全く違う次元のもので、軽蔑すべきもので武士道とは無縁です。
主君のために命を投げ出す前に、藩のため、主君の家柄を守るためという絶対的な正義もまた武士道には必要なのです。
例えば、暗君のために藩がお取り潰しになる前に、主君を押し込めで隠居させ、聡明な世継ぎを立てて藩を存続させた例もあります。
この場合、無能とはいえ主君に楯つく行為が武士道に反するようですが、命を賭けて藩と藩主親子を守ったのですから忠節となります。
こう考えると、武士道の忠節とは、ただやみ雲に主君に絶対服従だけではないこともご理解頂けるかと思います。
武士道の忠節とは、命を投げ出しても惜しくない主君を持ってこそ輝きを放つもの、私はこう考えます。