第十三章、武士道の刀

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新渡戸稲造著、桜井桜村訳、幅雅臣装丁、えむ出版発刊、復刻版・本体5千円。
お問い合わせ。ご注文は”えむ出版企画”<mbook@cl.cilas.net>、へ。

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 第十三章、武士道の刀

 刀は「武士の魂」であり、武士道の力と武勇の象徴でもある大切なものです。
刀を作る刀匠や刀研ぎ師は、必ず仕事を始める前に身を浄め、神前に祈りを捧げます。
その作業場は神聖な領域とされ、真剣勝負の場でもあります。
このようにして作られた神聖な刀は、持ち主にも深く愛され信仰の対象のように大切にされます。
それゆえに、刀を粗末に扱うことは許されず、人の刀を貶すのは、武士に対する侮辱となります。
このように大切にされるべき武士の刀を不当な使用は非難されますし、やたらと刀を振り回すのは卑怯者お行為として蔑まれます。
心が洗練されている武士は、自分の刀を使うべき時をしっかりと心得ていて、そういう機会はめったに訪れない稀な場合であるにも限らず 、必要な時には迷わず、これを用いることも知っていました。
武士の魂とされる刀には霊魂が宿り、武士道における刀の理想は、刀を用いないで済む平和なのです。
 


第十二章、武士道の切腹

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新渡戸稲造著、桜井桜村訳、幅雅臣装丁、えむ出版発刊、復刻版・本体5千円。
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花見 正樹

 第十二章、武士道の切腹

切腹は武士にとって名誉と栄光のある死とされました。
その反面、いたずらに死に急ぐことは不名誉であり卑怯ともされたのです。
武士の不名誉な死には、斬首や磔、絞首刑などがあります。
したがって、武士にとって名誉ある切腹にはそれなりの理由があっての死であらねばなりませんが、切腹の理由は千差万別です。
罪を償うため、過去を謝罪するため、一族を救うため、主君に逆らったため、戦いに負けたため、身代わり、身の潔白を明かすため、不始末の責任、不名誉の烙印を押されたため、誠実・誠意を示すため、ありとあらゆる理由で武士は死を選ばねばなりません。
「切腹を許す」という言葉があるように死に方において、切腹は名誉ある死であったことが分かります。
では、なぜ古代中国の武将のように首を切らず、腹部を切るのか?
新渡戸稲造の著書「武士道」では、腹部には霊魂と愛情など人間の全てが宿っているとされた古代信仰に由来する、とされています。
武士の子は元服(成人)前から、切腹は武士の死でもっとも名誉ある死である、と切腹の作法まで教えられて育ちます。
言葉としては、自決、切腹、腹切り、割腹、屠腹、自裁、詰腹、無念腹、などが伝えられています。
切腹は、武士待遇限定の名誉ある処刑方法ですから、武士たる者は切腹を恐れてはならないとされたのです。
では、切腹が日本の歴史に出て来るのはいつからか?
永延2年(988)に事件を起こして逮捕され切腹して果てた藤原保輔(ふじわらのやすすけ)が最初ですが、それ以前から自決の一手段としての切腹はあったようです。
源平時代は平家物語や太平記などの文献から、切腹の他に、刀を口に咥えて馬から落ちる、鎧のまま海に飛び込む、などがありますが、室町時代までは捕虜の武士の死刑執行は斬首刑か、監禁後の毒殺などが殆どで、切腹を命じるなどはなかったようです。ただし、自決の手段としては腹を切って潔さを見せる場合もあったようです。
切腹が形式化されたのは、羽柴藤吉郎が高松城攻略時に信長の死を知り、急ぎ、城主・清水宗治の自害を条件に講和を策したところ、清水宗治は多勢の敵味方が見る中で敢然と潔く切腹して果てました。その宗治の立派な態度や作法の見事さに感服した藤吉郎が、天下を統一した時に、その切腹を名誉ある刑罰として、斬首刑と並行して用いるようになったとされています。
徳川時代中期に入って泰平の世になると、何事にも形式とか作法がり、武士身分の処刑として切腹が確立し、同時に作法も登場します。ただし、最初のうちは儀礼化はされていませんので介錯は、断っても頼んでも、どちらでもよかったのです。
首を斬る介錯は、切腹とは別に、主だった武将が戦いで重傷で敵に首を獲られないために部下がる戸られに部syが
切腹の場所は身分によって異なり、身分の高い大名などは、預かり人屋敷内で切腹、一般の武士は預かり人邸の庭先、さらに身分が低い武士は牢屋の中とされました。なお、武士として認められない足軽以下は切腹を許されませんでした。
それが徐々に形作られて、徳川幕府中期の享保年代(1816年以降)になると、切腹人の首を斬る介錯人や、それを確認する検視役などの人数や着座する位置なども正式な儀式として制度化されました。切腹の際の腹の切り方も、「一文字腹」「十文字腹」「カギ形腹」などの切腹から、切腹なしで介錯だけの「扇子腹」「木刀腹」へと移行します。
勇気ある切腹が武士道の誉れだったのに、扇子を腹に当てるだけでの解釈では、斬首とさほど変わりなく感じます。こうして、武士道そのものが形骸化し、武士の堕落と並行して凄みが失せていったような気もします。
ここからは、今日の一言で・・・


第十一章、武士道の克己心

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新渡戸稲造著、桜井桜村訳、幅雅臣装丁、えむ出版発刊、復刻版・本体5千円。
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        花見 正樹

 第十一章、武士道の克己心

 この章は、武士にとって自分の感情を顔に出すことは醜いことである、と、己れに克つ我慢の心を武士道の心構えとしています。
武士が己れの苦しみや辛さを表情に出してはいけない。武士は人に勝つ前に、まず自分の心に勝たなければいけないのです。自分の不平不満や弱気を人に見せれば、他人の心の平穏を乱すことになって迷惑をかけます。このストイックな冷酷無情な雰囲気は一種の国民的性格にも思われるかも知れませんが、これはあくまでも武士道的習慣であり真の武士の姿ではありません。真の武士、真の日本人は心優しい人達なのです。新渡戸稲造は、こう説明しています。このように新渡戸稲造が英文で書いた武士道を、日本語に翻訳した櫻井鷗村の名文に触れていながら、私(花見)が勝手に簡略してここに載せていますが、実は毎回、えむ出版刊の復刻版「武士道」を読み直す度に、その格調高い文章に魅されてしばし沈黙することが度々なのです。
「されど吾人とても亦た、實にこの蒼穹の下に住める、凡ての人類と共に、哀楽の優しき情緒に感ずるの民なり。」
このような文章に触れる幸せを体感出来る週一のこの至福のひと時は、私(花見)にとって生きている喜びを噛みしめている貴重な時間でもあるのです。


第十章、武士道の教育

武士道 本

新渡戸稲造著、桜井桜村訳、幅雅臣装丁、えむ出版発刊、復刻版・本体5千円。
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 武士道を考えるー13
花見 正樹

 第十章、武士道の教育

 現代の教育では、大学の教育学部を卒業した学生が職業教師になって、教科書に沿ってマニュアル通りに詰め込み教育をしますので、教師の人格や人間性が問われることもあく、生徒の人間性や品格の形成についての指導要綱はありません。最近ではパソコン教育ですから、理数系には強くなっても、難しい字などは読めない書けない、用件の伝達もメールで済ますから手紙も書けない。NET社会の弊害もあって、人間関係が希薄で会話力が弱く、主義主張がはっきりしない若者が増えています。その上、気力や精神面を鍛える項目も、現代の義務教育にはありません。
武士道の教育の主眼は、品格の育成です。正直で義に厚い豊かな人間性を形成するのが教育の目的で、単なる知識では誰も評価せず、必要とされたのは知識に精神的美学をまぶした賢者の「叡智」です。
武士道の学問は、論語など文字を読み文字を書き、それについて論じ、道徳と名誉を重んじ、死を恐れない人間こそが武士だと教えられて育ちます。したがって、弁舌の巧みさや頭脳の良し悪し以上に、人物の品性が重要視されていたことになります。
それと同時に、武士の師弟の養育に携わる指導者もまた清廉で、報酬には拘らず、授業料の代わりに米や野菜などでも良く、手ぶらでも何も言われず、教育は平等に受けられました。
武士の教育には、武術として剣術、弓術、柔術、馬術、水練、戦略兵術、書道、道徳、儒学、歴史などで、幕末には弓術に替わって砲術が入ってきます。ところが、ここでお気づきのように、武士の教育の正課には算術がありません。武士道では、金銭による損得感情を忌み嫌い清貧こそ武士の美徳とされました。武士は貧しい生活にあっても高貴な精神で、貧しさにも耐え抜くように鍛錬を重ね、富みに対する欲望を抑えるだけの自制心を持つようになります。
(注・この考え方から、武士の世界において金銭の扱いは下級武士の仕事とされています。)


第九章、武士道の忠節

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新渡戸稲造著、桜井桜村訳、幅雅臣装丁、えむ出版発刊、復刻版・本体5千円。
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花見 正樹

 第九章、武士道の忠節

 人は、誰でも自分を支配するもの自分の生活を庇護する者に対して多かれ少なかれ恩義を感じます。
この極端で最たるものが、自分に禄を与える主君への「忠節}と考えると理解できると思います。
武士は、自分個人の生活よりも公務を優先するように教育されて育ちます。
即ち、武士はよき主君のためには命を投げ出して戦い、よき主君のために死ぬことを恐れません。
では、よき主君でない、暗君と呼ばれる無能な主君の場合はどうするか?
それでも、主君には盲目的に逆らえないのが武士の忠節なのか?
暗君のためでも、黙って死ななければならない時もあり、自分は正しいのに暗君に詰め腹を切らされて死ぬ場合もあります。
この場合、主君への忠誠心は絶対に必要ですが、死を賭して暗君に正義の道を説くのも忠節とされます。
ただ、主君の言いなりに無節操に媚びへつらい、主君のご機嫌をとりに終始する口先だけの家臣は「佞臣(ねいしん)」と評されます。
また、どんな無理難題でも主君の言いなりで、奴隷のように主君に追従するだけの家臣は「寵臣(ろうしん)」と評されます。
これらは、主君に命を託す武士道の忠節とは、全く違う次元のもので、軽蔑すべきもので武士道とは無縁です。
主君のために命を投げ出す前に、藩のため、主君の家柄を守るためという絶対的な正義もまた武士道には必要なのです。
例えば、暗君のために藩がお取り潰しになる前に、主君を押し込めで隠居させ、聡明な世継ぎを立てて藩を存続させた例もあります。
この場合、無能とはいえ主君に楯つく行為が武士道に反するようですが、命を賭けて藩と藩主親子を守ったのですから忠節となります。
こう考えると、武士道の忠節とは、ただやみ雲に主君に絶対服従だけではないこともご理解頂けるかと思います。
武士道の忠節とは、命を投げ出しても惜しくない主君を持ってこそ輝きを放つもの、私はこう考えます。


第八章、武士道の名誉

武士道 本

 新渡戸稲造著、桜井桜村訳、幅雅臣装丁、えむ出版発刊、本体5千円。
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花見 正樹

   第八章、武士道の名誉

 武士にとって命以上に価値があるのが名誉です。
どのような苦難に耐えても名を残すことこそ武士の本分です。
そのためには命など惜しくないのです。
武士の子は、人に笑われるような行いはするな、と教えられて育ちます。
体面を汚すな。恥ずかしい行いはするな、と一挙一動が矯正されます。
武士の子は、こうして、名誉の大切さを身をもって体験して育つのです。
名誉とは、人格の尊厳そのものですから、価値観の高いものです。
高潔さを保つためには、人に恥じる行為を自ら律しなければなりません。
新渡戸稲造は、何人かの著名な人の言葉を引用しています。
平戸の殿様、松浦静山の創った家康の性格描写「鳴かずなら鳴くまで待とう時鳥」は、名誉のための忍耐を詠ったものです。
西郷隆盛の遺訓は「道は天地自然、行いは天を敬うを目的とす。天は、人も我も同一に愛し給う故、我を愛する心で人を愛すなり」、さらに、名誉ある心の持ち方として、次のように続きます。
「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己を尽くし人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬるべし」
実に明快です。
名誉のためには、寛容と忍耐が必要ですが、さらにもう一つ大切なことがあります。
それは、いざという時に、一命を捨てる覚悟がある、ということで、これこそが「名誉」そのものです。


第七章、武士道の至誠

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新渡戸稲造著、桜井桜村訳、幅雅臣装丁、えむ出版発刊、本体5千円。
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花見 正樹

 第七章、武士道の至誠

「至誠」とは、人間としてきわめて誠実なことをいい、似た意味の言葉には、真心、誠実、忠実などがあります。
「至誠、天に通ず」は、真心を持って事に当たれば、何事も好結果が得られる、という意味です。
武士道での「誠」とは、嘘をつかない、誠意で主君に尽くし、仲間を裏切らない。武士に二言はなく、武士の約束は絶対であって証文も不要。誠意がない武士は、罪悪であり弱い人間であるとされて武士仲間から相手にされないのです。
「誠」こそが武士の名誉を守る大切な要素なのです。


第六章、武士道の礼儀

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新渡戸稲造著、桜井桜村訳、幅雅臣装丁、えむ出版発刊、本体5千円。
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花見 正樹

 第六章、武士道の礼儀

 武士道の礼に対する心がけの中には忍耐という長い苦難にも耐える強い精神力も含まれています。と同時に、人の手柄や喜びを羨まず、つねに弱者にも親切であらねばなりません。また、小さな手柄で自慢したり、思い上がって出過ぎたことを言ってもいけません。
礼儀を守るということは、自分自身の利益や役得を求めず、容易に人の甘言に乗せられてもいけません。ましてや、悪しきことを企むなどはおよそ武士道から外れた邪道としか言いようがありません。
武士道での「礼儀」は、相手を敬う気持ちを目に見える形で表現することでもあります。それは社会的な立場や地位を尊重することを含むものです。ただし、度を越えた形だけの礼は、もはやまやかしです。心のこもっていない仰々しいだけのわざとらしい礼は、相手を軽視した「礼」の心の欠如した偽物の礼儀でしかありません。
武士の「礼」には、必要な条件があります。それは相手の気持ちを知り、相手を尊重するというものです。と、なれば、相手が泣いていれば共に涙し、相手が喜ばばと見に喜び、慈愛と謙遜の心で、人に優しい気持ちになれる・・・これが「礼儀」です。


第五章、武士道の仁

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新渡戸稲造著、桜井桜村訳、幅雅臣装丁、えむ出版発刊、本体5千円。
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花見 正樹

 第五章、武士道の仁

「仁」とは、他人への愛、慈悲、思いやり、憐憫の心。寛容さ、同情などです。
昔から「仁愛」は崇高な気高き心と言われ、「仁義」は命を賭けても守る人間関係の約束ごととします。
人間の持つ資質の中で、もっとも光り輝く徳性がこの「仁」で、これこそ人の守るべき道です。
孔子は、民を治める君主たるものが必ず身に着けるものがこの「仁」である、と説きます。
孟子は、不仁にして天下を得る者は未だこれあらざるなり、と孔子の言葉を裏付けています。
武士は、己に強く他人に優しくあらねばなりません。
この「仁」こそ「武士の情け」に集約される美しき心で、歴史の中には随所に現れます。
「仁」は、女性的な慈愛の心だけに、高潔で厳しく男性的な「義」とは異質でありながら、多くは「仁義」として一緒に使われます。
これは、正義を守る「義」なしに、「仁」だけで事に当たれば単なる慈悲ですから公正さに欠ける場合が出てきます。慈悲は確かに美しい大切なものですが、厳しい目で見て正しく行われる慈悲であってこそ価値あるものですから慈悲には「義」の心も必要なのです。
仙台の伊達政宗公は、「義に過ぐれば固くなる、仁に過ぐれば弱くなる」と、慈愛の感情に流されすぎないように部下を諫めています。


第四章、武士道の勇気

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新渡戸稲造著、桜井桜村訳、幅雅臣装丁、えむ出版発刊、本体5千円。
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花見 正樹

 第四章、武士道の勇気

 誰でも知っている「義を見てせざるは勇なきなり」は、孔子が論語で用いている有名な言葉です。
「勇」は「義」によって起因され発動されるもので、正義の心が勇を鼓舞し、命がけの行動につながります。
「勇気」は「義」と並ぶ武士にとっての最重要な課題であり、永遠の命題でもあります。
勇気とは、義のために死をも恐れぬ魂の浄化による行動する力でもあります。
ここで大切なことは、ただ命を投げ出すことが「勇」ではありません。「自分が正しいと信じたことにだけ命を投げ出す価値がある」ということで、無駄な死は犬死にですから、それを「匹夫の勇」といいます。
水戸光圀公は、次のように述べています。
一命を軽んずるは士の職分であるが、命を投げうつにふさわしくない場合はその場所を退いて命を全うすることが忠節に成る事もあり
その場所で討死にしてこそ忠節に成る事もある。これを思うに、武士は生くべき時には生き、死すべき時には死す。これを旨とすべし。
ただ血気盛んなだけであれば、盗賊でも同様である。武士は忠節に報いるるに相応しい死に場所を選ぶべきである。
新渡戸稲造は「平常心」や「忍耐」も勇気であると説き、誇り高き武士は、落ち着いて冷静に切腹の場に臨む勇気を持ち、いざという時は泰然として自分のお腹部に刀を刺して死ぬことが出来る。これもまた武士として名誉ある崇高な「勇」である、と説きます。