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2月11日(土)に霞会館で行われた 「第8回高知家ふるさとミーティング」は大盛況、定員2百名を遥かに超えて立席のパネルディスカッションになりました。タイトルは「 龍馬暗殺直前の手紙をひも解く」、演壇には尾崎高知県知事、坂本家子孫、宮川京都歴史博物館首席研究員に私(小美濃)です。
龍馬暗殺5日目の手紙に龍馬は「新⁺国家」の三文字を書いています。
龍馬がいかに新しい国づくりに燃えていたかが良く分かる手紙です。
小美濃清明講師の略歴は上部の「プロフィール」をクリックしてください。
龍馬と刀剣ー5
『刀剣図考』三巻と白鞠の短刀。
この組み合せは何を意味しているのであろうか。『刀剣図考』は外装の専門書である。
ここで刀剣趣味を持っている人であれば、すぐに気付くことがある。 甘
刀剣の外装号作る時、歴史上の人物が差料とした刀剣の外装や有名な神社・仏閣の外装を模写することがある。
ほんか うつ
(本科)といわれる外装をモデルとして、(写し)といわ
れるコピーの外装を作るということが、刀剣趣味の世界で
はよく行われている。
鎌倉時代の外装を室町時代に模す、室町時代の外装を江
戸時代に模すということが常に行われていたのである。
外装は刀装ともいい、「拵(こしらえ)」ともいう。
龍馬は「刀剣図考」という参考書を基に白鞘の短刀に新しく外装を作ろうとしていたのではないかと、推定できる。
では龍馬が才谷梅太郎の変名を使っていた頃、短刀の外装(掠)をあつらえたという記録が残っていないだろうか。
『坂本龍馬手帳摘要』というものが残っていた。龍馬の備忘録であり、慶応元年四月二十五日(1865・5・19)から始まっている。その慶応二年五月の項に次の記録がある。
廿九日 (1866・7・11)
四両三歩金
右寺内氏ヨリ借用セリ。
又弐両寺内ヨリ、
右短刀合口コシラへヽならびに研
備前兼元無銘刀研代。
合テ三両二朱余払フ。
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第250回
記念となる節目の例会ですので素晴らしい講師をお迎えすること
になりました。中世の第一人者 五味文彦 先生です。
日時 3月25日(土) 午後2時から4時
会場 武蔵野商工会館 4階
吉祥寺駅中央口 から徒歩5分
吉祥寺第一ホテル近く
講師 五味 文彦 先生 東京大学教授
テーマ 「織田信長の政権構想」
信長の政権構想は朝廷との関係が要点となる。
幕末の龍馬・後藤象二郎・容堂たち土佐藩も長州藩、薩摩藩も朝廷との関係に
注意をはらっていた。
申し込み 2月20日から3月24日まで80名
幕末史研究会
事務所:〒180-0006 武蔵野市中町2-21-16
FAX・O422-51-4727/電話・090-6115-8068(小美濃)
Eメール:spgh4349@adagio.ocn.ne.jp
プログアドレス:http://blogs.yahoo.co.jp/bakumatsushiken
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