ハネムーン・エピソード-1

幸福を売る男

芦野 宏

Ⅲ 新たな旅立ち

1、新婚旅行で三たびのパリ

ハネムーン・エピソード-1

 昭和三十五年(一九六〇)五月に私がパリでのレコーディングを終えてからちょうど1年たった昭和三十六年五月八日、私は羽鳥房江(由希子)と結婚式を挙げた。遅い結婚であったが、ようやくたどり着いたという感じである。なぜならば、デビュー以来仕事の忙しさは論外で、母などはマネージャーをうらみ、「うちの息子を働かせすぎないでください」と電話までしたほどである。とても結婚生活など考えられない毎日であった。1年に250回もの地方公演と、テレビが多いときで週に五本、ラジオのレギュラーが週に三本といった調子である。このまま結婚したら、うまくゆかないのは目に見そいる。私が世界旅行をして三か月間、日本を留守にしても、音楽事務所がなんとかやっていけそうなので、結婚を機に少し仕事を減らそうと考ぇて菊池維城氏にもそのように伝えた。
五月八日は夜来の雨も昼過ぎにはすっかり上がり、青空が広がって新緑が美しく目に沁みる素晴らしい日であった。場所は、いま庭園美術館になっている芝の迎賓館である。挙式のあと約五〇〇人の客を招待し、広い庭園の中に模擬店を出してもてなした。仲人は、私がデビューのときレコード会社の対立で苦労した経験があるので、音楽畑の先生は故意に避け、学生時代からお付き合いのあった画家の東郷青児ご夫妻にお願いした。
一人娘のたまみさんに学生時代に家庭教師として音楽を教えていたので、快く引き受けてくださった。
披露宴には、妻の実父・羽鳥久雄が銀行家であることから、当時の大蔵大臣・福田剋夫先生が、実業界からも鹿島守之助ご夫妻が出席してくださり、なかなか盛大なパーティーになった。