劇場・小屋めぐりとテレビ出演-2

幸福を売る男

芦野 宏

Ⅱ 夢のような歌ひとすじ

4、世界一周と海外録音

劇場・小屋めぐりとテレビ出演-2

 スタジオに入って、またびっくりした。私のために特別に製作してくれたセットが、まるで中国なのである。担当者は得意げに胸を張って自慢した。1あなたのために特別に注文して作りました」というのである。本番まであと数時間、私は呆然としてしまったが、今さら取り替ぇてもらうこともできず、また取り替えるにも実物があるわけでもなかろう。仕方なく私はその中国風のバックの前で歌わなければならなかったのである。セットは海に向かった中国風の
テラス、そこに紫檀のアームチェアがあり、中国のランタンがつり下がっていた。ほんとうはなんの飾りもないベンチに、岐阜提灯でもあれば日本らしかったと思うが、もうあとの祭りでぁる。私はそこで「ラ・メール」を歌い、遠い東洋を思い出すという演出に従わなければならなかったのである。
しかし考えてみれば、無理もないことかもしれないと思うようになった。なぜなら、われわれがもしヨーロッパの部屋を想像で演出してみても、フランスの椅子、ドイツの椅子、イタリアの椅子、イギリスの椅子、そぞれの微妙な違いがわからないと同様に、東洋の日本と中国と韓国の区別などよくわからないのも無理はないからである。放送時間が少ないだけに、フランス人はテレビをよく見ているのだろう。あとで私がリユシエンヌ・ボワイエから招かれて、
彼女のモンマルトルの店でお会いできたのも、この番組を彼女が娘のジャクリーヌ・ボワイエと一緒に見ていてくれたからである。