夏の九州-4

 

 幸福を売る男

芦野 宏

Ⅱ 夢のような歌ひとすじ

2、旅から旅へ

夏の九州-4

初めての九州旅行は最後が鹿児島であった。案内された旅館は「滴洲館」という名で、風通
しのよい部屋に通されたが、なぜ 「南洲館」 にしなかったのかなと、変な疑問をもちなから私
は名所旧跡を訪ねて歩いた。西郷南洲ゆかりの地である。桜島は目の前にあつて、手の届きそ
うな距離だった。島津庭園も深く印象に残り、やはりここまで来ればはるばるやってきたとい
う感慨がひとしおである。どこか異国情緒が漂っている。そうだ沖純にいちばん近い距離にあ
る、本州の南端なのだと思ったら、詩のなかにあの沖縄のメロディーが浮かんできた。

「南国薩摩の白餅」
詞 芦野 宏
曲 松井八郎


赤い爽竹桃の花影で
誰を待つやら待たすやら
南国薩摩の白餅
海の入陽が眼に恥みる

碧い海だよ 恋の海
遠く呼んでも 戻りやせぬ
南国薩摩の白餅
潮の息吹がなつかしい

可愛いエクボの 黒眼がち
恋を知るやら 知らぬやら
南国薩摩の白餅
紅いたすきが 眼にまぶし

長い旅だよ ここまでは
風の便りも 届きやせぬ
南国薩摩の白絣
遠いあの日の 夢を見て

一回目の夏の九州旅行で最終日を迎え、ホッとした気持ちがあったのだろうか、私は夜のコンサートが始まる前、海の見える丘の上で沖の夕陽を見ながら、一気にこの歌を書き上げた。
手元にあった楽譜の裏に鉛筆で走り書きしだものだが、帰京してから松井八郎先生のお宅に参上して、二人で創り上げた創作シリーズの第一作になった。