幸福を売る男
芦野 宏
Ⅱ 夢のような歌ひとすじ
1、ポピュラーの世界へ
ダミアの来日-2
左隣におられた杉村春子さんとは、もっとよくお喋りをした。彼女はお弟子さんらしい女性と二人で来られたが、じつは杉村先生のお弟子さんの一人が私のところへ歌の勉強に釆ていたので、親近感があったのかもしれない。ダミアの歌のなかのしぐさが非常に計算されているものであることを、杉村先生がわかりやすく私に教えてくださった。
やがてダミアの登場である。小さな会場で聴くダミアは、また違った、まるで自分のためにだけ歌ってくれるような身近な迫力である。この日はあらかじめ曲目を知って、内容を勉強しておいたので、たいへんよくわかり、新たな感動をおぼえた。シャンソンというものの本質をかいま見たような気がして、まだほんとうに駆け出しのシャンソン歌手である私自身は、語る言葉もないほどに、ただただ感動していたのである。
私がその後たびたび連続リサイタルを行った「山葉(ヤマハ)ホール」は、この銀巴里から目と鼻の先で徒歩一分くらいで行ける。ダミアから受けた感動がまだ余韻としてあとを引いていたから、この会場を選んでしまったのかもしれないと、今ごろになって思っている。