幸福を売る男
芦野 宏
3、音楽学校と卒業後
卒業前後-4
卒業演奏会でのクラシックへの密かな決別の決心以来、1さあ、これで今までの発声法をくつがえし、もう一度ゼロからやり直すんだ」と決意していた。
卒業してからも私は前より頻繁に以前から馴染みの銀座のピアノ店にある吹き込み所に通って自分の歌を吹き込み、家に持ち
帰って聴いて、自分流の発声を研究した。それは自分の欠点を正直に教えるので、何度も絶望の淵に立たされたが、希望を捨てずに挑戦し続けた。四年間、芸大で勉強した発声法を根本からやり直し、自分の理想である喋り声を基本にした唱法に変えることは並大抵のことではなか
った。
自費録音による勉強は費用も相当かかり、新たに始めた週一度の高橋忠雄先生のレッスン代もばかにならなかったが、私は弱音を吐かなかった。その分しっかり働けばよいと思ったからだ。当時、吹き込んだSPレコードは今も手元にあり、「アヴエ・マリア」1花に寄せて」1ジ
ーラ.ジーラ」「三日月娘」など、音質はともかく機械さえあれば今でも聴くことができる。
いま思うと、あの歌えない六か月の試練の日々があったからこそ、シャンソン歌手・芦野宏が生まれたといっても間違いではなかろう。