幸福を売る男
芦野 宏
東京音楽学校受験-5
しかし、この夜の出来事は兄と義姉にショックを与えた。
雨の中を先生が自ら知らせに釆てくれたことで、私に対する信用はいっペんに高まり、親戚中ただ一人の「ならず者」というレッテルがはがされるきっかけとなったのだ。
三日目の専門は「ヴュルジン・トウツト・アモール(聖処女)」を歌った。
その日は審査員のお顔をゆっくり見ながら歌えた。
城多又兵衛、矢田部勁吉、酒井弘、H・ウーハーペーニヒ、四家文子、田中伸枝、浅野千鶴子、ネトケ・レーベ、柴田睦陸、平原寿恵子、それに恩師である中山悌一の諸先生方であった。
そのほかに、顔を見ても知らない先生方が五人ほどおられて、全部で一五人くらいだと思った。
四日目の学科はらくらくであった。英語と国語、それに当時流行していた知能指数のペーパーテストである。
五日目の面接も、はっきり覚えていないが、簡単なものであった。
もう必ず合格すると思っていたから、気持ちにも余裕ができていた。
合格発表は見に行かなかった。
研究科を最優秀で卒業された石田栞先生が、電話で知らせてくれたからである。