東京音楽学校受験-3

しあわせ
幸福を売る男

芦野 宏

東京音楽学校受験-3
少し歩くと「星の流れに身を占って……」という歌が‥…・。
次の角を曲がると、「港が見える丘」が流れてきて、戦後の日本は流行歌にあふれていた。
一度は映画館のアトラクションで流行歌手のようなことをした自分だったが、今は違う。やはり学校で音楽を勉強したいという気持ちに変わっていた。粗末な建物が並び、アメリカのものを中心に細かい商品があふれている、活気のある路地裏を、値段を見る気もなくゆっくり通り抜けて、御徒町の駅から国電に乗り久我山へ向かった。
父が亡くなってから、めまぐるしく変化してきた自分の環境。徴用、徴兵、復員、流行歌手のまねごと、かつぎ屋、ダンス教師。戦争は終わったが、私の戦争はまだ終わっていない。受験に失敗しても、しなくても、私は負けない。負けてたまるものか。胸を張り、空を仰ぎながら堂々と歩きだした。あいにくポッポッと雨が降りだしてきたが、気にもせずわが家に帰り着いた。
今でもそうなのだが、いちいちその日の出来事を家に帰って報告しないくせがある。自分の心の中で燃えているものを吐き出すと、意欲がそがれるような気がするのだ。何かをやろうとする意欲が高まっているとき、逆に失敗のあったとき、自分の心の中で処理してしまいたいと思うのだ。だれに相談したって、解決できるのは自分自身だけだと思うからだ。母はなにも聞かなかった。
その日は雨にもかかわらず、ダンス教室のほうは十数人も来て忙しかったが、八時半ごろには終わり、明かりを消して奥へ引っ込んだ。それから雨はだんだん激しいどしや降りになってきたようである。しばらくしてから、二回ほど玄関のブザーが鳴った。だれか忘れ物でもしたのかなと思ったが、もうあれから一時間もたっている。私は不審に思って玄関の明かりをつけてみると、ずぶ濡れの大男が立っているではないか。アッ、石津先生だ。どうしたことか、そこには石津憲一先生が立っておられたのである。