柏手はなかなか鳴りやまず、自分もどうしてよいか戸惑っているとき、司会者が現れて次の曲を紹介してくれた。
今度は「ラ・メール」である。
日本では自分として最も自信のある歌だったから、落ち着いて歌えたつもりである。
しかし、間奏のときには、一曲目のときのような柏手は起こらなかった。
ちょっと物足りない思いだったが、後半を大きく盛り上げて歌い終わると、また激しいアプローズの嵐がわき起こり、アンコールの声がやまず、二度も三度もお辞儀をして舞台の中央に呼び戻された。
やっと舞台の袖に入ると、付き添ってくれて待ちかまえていた俳優のローラン・ルザッフルに抱き.かかえられるように促されてやっと楽屋に戻った。
「グラン・スエクセ、大成功でした。あれほど受けるとは思わなかった。あなたは東洋人として初めての成功者です」
と、ローラン・ルザッフル、谷洋子夫妻が祝福し暫くれた。
今までの迷いや不安が嘘のように消えて、ホッとしたとたんにどっと疲れ外出てきた。
それでも、終演後ジョルジュ・エルメール氏と一緒に写真を撮ったり談笑したりする余裕はまだ残っていた。
楽屋を出て小さな鍵を係の女性に返したとき、ほんとうに今日、自分はオランピアで歌うことができたんだと実感する余裕が出てきた。
昭和三十一年(一九五六) 十一月十四日、私にとって記念すべき日がやっと終わったのである。