幸福を売る男
芦野 宏
Ⅲ 新たな旅立ち
芦野宏(本名・羽鳥廣)略年譜-1
一九二四年(大正13) 六月一八日、父・芦野太蔵、母・梅の四男として東京牛込・薬王寺町に生まれる。
父は山形(村山市)出身。母は茨城(水戸市)生まれ。
一九三一年(昭和6) 四月、東京市牛込区立牛込小学校(現・牛込仲之小学校)入学。三三年四月、長延小学校転入。
一九三七年(昭和12) 四月、成城中学校入学。
一九四四年(昭和19) 四月、上田蚕糸専門学校(現・信州大学繊維学部)養蚕科入学。
一九四六年(昭和21) 四月、同校製糸科転入。四七年、同校中途退学。
一九四八年(昭和23) 四月、東京音楽学校(現・東京芸術大学音楽学部)本科声楽科入学。中山悌一、柴田睦陸、田中伸枝に師事。
一九五二年(昭和27) 三月、東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。四月、国府台女子学院(千葉県市川市)中・高等部音楽講師。九月、千代田区立一橋中学校(東京都)音楽教師。ともに五三年三月、退職。
一九五三年(昭和28) 二月一日、NHKラジオ『虹のしらべ』でラテンとアルゼンチン・タンゴを歌いデビュー。四月五目、そのアンコール番組でタンゴ「ひとしずくの涙」を再演。これをきっかけに、開局直後の「民間放送ブーム」、勤労者音楽協議会(労音)のポピュラー例会開始もあって、ラジオ束京(現・TBSラジオ)『ポルテニア音楽』『原孝太郎アワー』『モナ・キューバン・タイム』、文化放送『歌の散歩道』などの番組や労音から出演依頼が殺到、ゲストまたはレギュラーとしてラテン、タンゴ、シャンソ
ンほか世界のポピュラー全般にレパートリーを広げる。九月一三日、NHK同番組シャンソン特集に出演し「ラ・メール」「詩人の魂」を歌い、大好評。以後ほぼ月一度のペースでシャンソン特集に出演、新曲を開拓・紹介してシャンソン歌手としての地歩を固める。