月夜の天使
村山 恵美子
東の空から大きな満月が昇りくる。山の頂からぼんやりと頭を出し、西に沈んだ太陽の明かりを映し薄紅色に染まり、やがて白色に変わる。白く変わる時を今か今かと待っている者たちがいる。
あの白くぽっかり浮かんだ月は天空の出入り口。そこから、蔓で編まれた縄ばしごがスルスルと下ろされ、背中に小さな羽を付けた飛び方も下手な幼い天使たちが、キャッキャとはしゃぎながら舞い降り一目散に我が家へと飛ぶ。
それはこの世に生まれ、わずかな時間しか生きられなかった子供達だ。病で逝った子、事故で逝った子、魔の手に命を消された子……まだまだこの世にいたかった子供たちが、愛情を求め、月が夜空にある間、母のベッドにそっともぐり込み、つかの間ぬくもりを感じ、羽を休め、また天に昇る。
天使たちには決まりがあった。一つは、決して母を起こしてはいけないこと。もう一つは、月が夜空にある間に戻れなければ、この世からもあの世からも存在は抹消されてしまうことだった。2度と母の元に行くことができなくなってしまうのだ。
明るくなると戻れなくなる子供達はタイムリミットが迫り、1人また1人と急いで戻ってくる。
「あいつ来たか?」
「まだだよ」
「またかよ。こないだも遅かったよなあ」
「仕方ないよ。あいつまだ赤ん坊だから」
オサムとケンが目を凝らし下を覗き心配していた。……来た! 下界に小さな天使がよちよち歩きで現れた。羽をパタパタしても力が足りないのか飛び立つ事ができずに、悲しそうな顔で途方に暮れて見上げ泣いている。
「しゃーないなぁ。行ってくるか」
「うん」
慣れたお兄ちゃん天使二人が、急降下して泣き虫の飛べない天使を迎えに行った。
「ほら、早くしろよ。みんな消えちゃうだろ。もう連れてきてやんねーぞ!」
「だって……」だってじゃねーよとケンが抱きかかえ飛び立った。時間がない。慣れているとは言っても、どっちも子供だ。抱っこして飛びきれるほど力はない。一緒に降りたオサムが、重量挙げのように万歳をして「ふぅーーん!」下から持ち上げ、力の限り羽ばたく。千切れた数枚の羽が遠ざかる下界に落ちて行った。
「もう泣くな。また連れてきてやるよ」
涙を拭いてやるケンに、しがみつく小さい天使はしゃくり上げながらコクッとうなずいた。
薄紅色の満月が白色に変わる夜。あどけない天使たちが飛び、母の温もりに抱かれて眠っている。起こさぬように気付かれぬように「おかあさん」と、そっと心の中で呼びかけながら……。