ここのところ、日本の世界遺産登録が続きました。
国際的な賛否両論で揉めてまで、という思いもありますが、とりあえず無事に登録出来たことを素直に喜んでいます。
ところで、それ以上に最近の国際ニュースで気になっていることがあります。
遠い他国の出来事と気にされない人が殆どですが、注意してみると驚くに違いありません。
それは、女性や子供を脅して強制的に行う自爆テロの増加です。
つい先日、イスラム過激派のボコ・ハラムが7歳の女児を使っての自爆テロで5人死亡・・・この事件は悲惨です。この子が自分から望んで犠牲になったとはとても思えません。世の中には理不尽で常識も倫理観も法律も通じない世界があって矛盾に満ちています。
昨11日(土)のニュースでも、タイ南部で爆弾テロや放火などで8か所で事件が発生、16人がケガや死亡と報じています。さらに、エジプト・カイロのイタリア領事館前で、自動車に仕掛けられた爆弾が爆発して11人が死傷しています。
つい先日も、ナイジェリア北東部のモスク(イスラム教礼拝所)付近で、2人の少女に装着された爆弾が爆発して約30人が死亡、多数のけが人が出ています。これは、イスラム過激派の犯行による自爆テロとみられています。
国連児童基金(ユニセフ)の5月末の報告書によると、今年5カ月間で確認された自爆テロは約30件で、その4分の3の事件が、女性や子どもの体に爆弾を巻き付けての自爆テロですから哀れです。
その女性と子供による一連の犯行は、6月22日、チャドの爆弾テロで23人死亡。6月4日、過激派ボコ・ハラムの犯行で市場で爆発、50人が死亡・・・いくらでも惨劇は続いています。
これからみれば日本は確かに平和です。しかし、油断はなりません。
少年少女の苛めが原因での死が、一向になくなっていないのです。
今回も相変わらずの責任逃れ苛め死が続いていて、腹立たしくてなりません。
こんな記事を見ました。
「岩手中2、いじめ自殺。少年の母、憤りと悔しさ訴え「ここまでひどいいじめとは…」「学校は『言うな』と箝口令」・・・
ことの発端はこの7月6日(月)、岩手県矢巾町(やはばちょう)の中学2年生・少年A(13)が列車に飛び込んで自殺したことから始まります。その死が苛めとみられる問題で、その母親(44)と学校側、教育委員会、マスコミ、それぞれ意見が分かれます。
<矢巾中2自殺>「もうイヤだ」悩み綴って3カ月写真 河北新報 10時5分
<岩手中2自殺>優しい子、奪われた笑顔…父いじめ解明誓う写真 毎日新聞 9時0分
<1年時も「いじめ」訴え、学校は報告せず 岩手中2死亡 朝日新聞デジタル 5時45分
<いじめ訴え、1年時も 学校、教委に伝えず 中2死亡有料 朝日新聞デジタル 5時40分
<いじめ訴え、昨春からノートに…岩手中2自殺 読売新聞 11日(土)16時52分
<岩手中2自殺 少年の母、憤りと悔しさ訴え「ここまでひどいとは」「学校は『言うな』と箝口令」産経新聞 7月11日(土)18時59分
<矢巾中2自殺>文科相が教委に徹底調査要求 河北新報 7月11日(土)10時45分 .
<いじめ訴え、昨春からノートに…岩手中2自殺 読売新聞 7月11日(土)16時52分 .
<中2死亡「手さしのべられず、心からおわび」町教育長 朝日新聞デジタル 7月10日(金)21時57分 ..
<岩手・中2死亡 町教育長「事実上いじめ一因」「心よりおわび」 産経新聞 7月11日(土)7時55分 .
ここまでの記事は見つかりましたが、まだ学校側からの正式コメントはありません。今回の事件も、過去の数多くの苛め問題と本質は何ら変わるものではありません。学校の体質はどこも同じで、生徒の命より世間的な学校の体面や校長の名誉、気弱な担任教師を庇うことに必死なのです。
これが、全国のどこかで繰り返し行われていて、一向に是正される気配はありません。
どんな事件でもて、時がたてば忘れられ、いつかまた繰り返される、これが悲しい現実です。
私はかつて婦人公論(中央公論社)での連載執筆で苛めや自殺問題を書いていました。
年配の人ならご存知の、次男が父親をなぐり殺した「金属バット殺人事件」のあの時代です。あの事件は、一流大学ら一流企業のエリート兄に比して、両親に蔑まれる落ちこぼれ二浪次男のやりきれない矛先があの事件でした。
せめて、母親だけでも「大学だけが人生じゃない」ことを身をもって教えられたら、あの事件はありませんでした。
でも、しか、たら、この三つの言葉は愚痴に過ぎませんが、それを学ぶことで自戒に役立っているような気もします。
5年前の夏、少年Aの両親は何らかの事情で離婚しました。
少年Aの姉は母が、少年Aと妹二人は父親に引き取られて東京で暮らし始めました。しかし、おばあちゃん子だった少年Aは、母より「祖母が心配」と、岩手に戻ることになります。
そして5年後のこの事件です。
事件を知って東京から駆け付けた少年Aの父親は、当然ながら別れた妻を責め、警察に行き真相究明を訴えました。
少年Aの母親は、「こんな時だけ現れて!」と、子供の死の悲しみを怒りに変えて元夫を責めます。
多分、これから先は責任のなすり合いで泥仕合を続けることでしょう。
残された少年Aのノートには、同級生からの暴力や悪口に苦悩していたことや、担任の先生には何度いじめを訴えても解決までの努力をしてもらえない苛立ち、部活で所属していたバレー部の先生にも相談したこと、そのバレー部の生徒からも苛めを受けていたことなどが書いてあるそうです。そして自殺する5時間前、NET上に自殺をほのめかすコメントを遺して駅のホームから列車に飛び込みました。
もしも、この世の中の因縁に興味がある人がいたら、この少年Aの住む町は、私が小説の舞台にと考えて何度も足繁く通った縄文遺跡の多い山間の町で、「ちゃぐちゃぐ馬っ子祭り」の町といえば納得される人もいるはずです。しかも、この事件の起きる1時間前、この町から盛岡市内の某テレビ局に通う親しい局長と、私の出演番組に関しての局内移動人事などで電話で話していたところです。
それだからこそ、この事件の成り行きが少々気がかりになっています。