女性のための開運講座ー52&新撰組


 また百恵さんです。
 昭和34年1月17日生まれの百恵さんは、昭和
47年に日本テレビの歌番組「スター誕生」で準優
勝し、20社から指名を受け、ホリプロに所属、C
BSニーからデビューしました。
 翌年すぐ、映画「としごろ」に出演し、同名の曲
で歌手としてもデビューしましたが、期待に反して
芽が出ませんでした。そこで「青い果実」でイメチ
ェンを図り、「ひと夏の経験」から映画「伊豆の踊
子」、その年の秋からはTBSのドラマ「赤い運命
シリーズ」で人気を博し、相手役で主役の南条豊君
ともいい感じで視聴率も良好でした。

 若い二人ですから、当然ながらいいムードになり、
南条君も百恵さんにゾッコンとなります。
 当時、まだ隆盛だった長崎屋船橋店で、彼が百恵
さんにプレゼントする、と言うので赤いセーターを
買った記憶もあります。でも、南条君の恋は実りま
せんでした。
 ある日、そのドラマに絡んでいた電通のスタッフ
M氏が、「いい俳優がいたよ」と私に言いました。
 それが三浦友和君です。
 演技には難があったものの、甘いマスクと人間的
な優しさは、剣道で鍛えた硬派の南条君のきつい顔
よりは、役柄にピッタリとの評価で、たちまち主役
交代です。
 その上に決定的だったのは、百恵さんが「伊豆の
踊子」やグリコのCMで共演した友和君に心惹かれ
ていたことが分かったからです。
 人の浮き沈みは紙一重、一寸先は闇、全く分から
ないものです。これで南条君は番組から降ろされ、
怪人二十面相の明智小五郎程度の役にまわされ、二
度と百恵さんの相手役にも戻れず、我々も一つの夢
を失ってしまったのです。

 さて、昭和55年3月7日、百恵さんは三浦友和
君との婚約と同時に、突然の引退を表明し芸能界引
退を公表して、家庭族優先の生活に入りました。こ
ちらもまた、芸能界に大きな一石を投げたのです。
 それまでの支援者、テレビ関係者、所属事務所、
スポンサー、ファン、全てを裏切って三浦友和の懐
に飛び込んだのです。これは画期的なことです。
 百恵さん、21歳の春でした。
            つづく
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 さて話題を変えて、女性のための開運講座です。
 これは、恋愛、結婚、再婚に役立つ開運法です。
 途中からご覧の方は、遡ってご覧になってくだ
さい。勿論、男性が見ても役立つはずです。
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 女性のための開運講座ー52 

 恋愛・結婚、さまざま模様-20

 ○愛情幸福度テスト-1
 このテストは、配偶者または恋人を想定して行っ
てください。愛情運に恵まれるということは、なに
もかも意思が通じ合うということではなく、常に新
鮮な緊張をはらんでいて、信頼と尊敬と愛情がミッ
クスされている状態に加えて、将来への明るい希望
があることです。
 あなたが恋愛中であろうと、同棲中であろうとベ
テラン夫婦であろうと、その状態に関係なく相手を
想定して答えてください。

第1問 
 彼は、あなたの容姿を気に入っていますか?
第2問 
 彼と一緒に外出するのは、楽しいですか?
第3問
 彼は、あなたが落ち込んでいると慰めますか?
第4問
 あなたは、彼と一緒のときは綺麗にしてますか?
第5問
 彼は、経済面でしっかりしていると思いますか?

 さて、あなたは、夫または恋人を想定していくつ
イエスがありましたか?
 まず、愛情や関心の深さをみてみます。
 以上、10の質問はイエスの数だけで幸せ度は分
かりません。理由は、あなたの夫または彼が、どれ
だけあなたを愛しているか、信頼しているか、協調
してくれるかなどを、この質問を通して再確認して
もらうためにこの質問を用意したのです。
 ですから、上記10問は、それぞれ独立している
とも言えます。

 第1問では、彼のあなたへの関心度と彼の変化を
みます。あなたの容姿や服装などに関して、ある日
突然、細かく口を出すようになり、しかも、けなす
ような口調になった時は要注意です。
 彼は、あなたと他の人を比較しているからです。
 もちろん、一番いいのは何でも気に入ってくれる
ことです。

 第2問は、あなたの心理状態を表します。
 一緒に歩いていて嬉しく、若やいだ気分になると
いうことは、彼が好きだからだけではなく、誰に見
られても恥ずかしくない相手だからです。また、一
緒に歩くことが楽しい状態の中には愛情から出るよ
ろこびがあります。
 周囲を気にするということは、二人のバランスが
くずれている状態を自分が気にしているときです。
 まわりの目を気にするより自分の心を気にしてい
るのです。
 精神的にしっくりいかないときは、二人の間に波
風が立ち、一緒に歩いても歩調が合わないものです。

 第3問は、あなたの彼(彼女)の優しさをみます。
 彼(彼女)自身の心に悩みがあって余裕がないと
きは別ですが、ごく「普通の状態であれば、あなた
に優しい言葉の一つもかけるの当然です。
 その上で、あなたの悩みごとを聞いて解決策を考
えてくれればなおよし、少なくとも慰めの一言があ
ってもいいはずです。

 第4問は、ごく当たり前の質問です。
 あなたがオシャレになるかどうかは彼(彼女)次
第で変わります。
 あなたが彼を好きなら、さり気なく好意をもたれ
るような服装になり、センスについても気遣うもの
です。
 ところで、ある時期から彼(彼女)が急にあなた
の好みと反して派手になったり服装の好みなどが変
るようになったら要注意です。
 生活のリズムは同じでも心境の変化が表面に表わ
れつつあるわけですから、あなたに隠れた行動があ
るかも知れませんので要注意となります。
ご自分も同じような立場になったら気をつけること
ですね。
 なにごともほどほど、これが一番ですね。

 第5問は、ご自分の将来にも大きな影響がありま
す。
 これが夫婦であれば、経済面でしっかりしない彼
だと、庭の経済が不安定になり、一家の盛衰の基盤
が揺らぎます。
 彼が金銭面でルーズであれば、あなたがいくら頑
張って限界があり、あなたもルーズであればどんな
に高収入であっても将来に不安が伴います。
 女性がルーズであれば男性が金銭管理をし、
 男性がルーズであれば女性が金銭の管理をする、
これが計画経済生活の鉄則です。
 経済面でしっかりしている人とケチは別です。
 ケチな彼と結婚しますと一生不愉快です。
                つづく
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 書店発売中の「坂本龍馬異聞」に続き「新撰組
3部作」を執筆中です。その内容を先にお届けし
ます。
 ホームページでも挿絵入りで連載を始めました。
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 新撰組ー異聞

 第二章 勝太の心象風景
 
(2)試衛館の兄弟子-2

 天然理心流には、切紙、序目録、中極位目録、免
許、指南免許とあり、切紙と序目録には剣に加えて
柔術があり、組み合って相手を倒して動きを封じる
のも天然理心流の極意の一つだった。
 その後ある時、島崎一は勝太にこう伝えた。
「実際の戦いでは真向唐竹割りや袈裟切りなど派手
な勝ちはいらん。斬るなら頸動脈、突くなら喉か心
の臓、手強い相手は手首狙いじゃ。どん
な相手でも手を斬れば動きが鈍る。当流の晴眼の構
えは相手の左目に付けるが、これは相手が上段に振
りかぶろうと動いた瞬間、そのまま踏みこんで素早
く左手の手首か二の腕を斬るためだ。それも、刀を
使えぬように傷つけるだけでいい。これならどんな
相手でも斬れる。仕留めるのは次の突きの一手だか
ら相手には刀も触れさせんで済む。
 大勢との斬り合いでも刀は痛まず血脂が乗らない
から何人でも倒せる。鍔迫り合いになったら指を斬
り落とす。それを心掛けて稽古をしてみろ」
 島崎一は小柄だが技に優れた剣客で、試合を挑ま
れれば百戦百勝の無敵の力で必勝の技を繰り出す。
 自分からは争いを好まぬが、戦へば誰よりも激し
く攻め立てるという。
 この島崎一は、師の周助が多摩の宮川家から養子
にする少年を見つけたという噂を聞いて、自分が立
ち会うまでは態度を決めかねていたが、道場で勝太
と対峙してみて、勝太に備わった天賦の才能と将来
性を読み取ったらしい。
「醜い争いはしたくないな」
 このように周囲に言った、と勝太は人づてで聞い
た。それが、あの時の稽古だったのだ。

 その福田、島崎の他に、原田忠司という師範代が
いた。
 試衛館の竜虎と言われ、龍の島崎、虎の原田と呼
ばれる原田忠司は、江戸中の町道場を巡って木刀で
の他流試合を申し込み、無敗の実績を誇って恐れら
れているという。温和な島崎に対して、原田は戦闘
的で攻撃型の師範代だった。
 島崎一に稽古をつけて貰った数日後、道場に姿を
見せた師範代の原田忠司とも勝太は稽古で立ち会っ
た。
 原田忠司は島崎と同じく勝太より十歳年長で、試
衛館の虎と言われるだけあって、さすがに強く勝太
には全く手が出なかった。勝太が打ち込むと原田は
身をかわし、勝太が離れると勝太の懐に飛び込んで
足で急所を蹴りあげ、すぐ一歩飛び下がって勝太の
頭に一撃を加える荒技を使った。それは勝太が子供
の頃に使った必殺技そのものだった。
「そんなのずるい!」
 勝太の怒りに原田が笑った。
「その台詞は地獄の閻魔に言え。生き抜くために戦
うならどんな手でも使え」
 勝太も負けてはいない。これなら得意の手だから
だ。激しく原田に体当たりして倒し、面打ちの一撃
をと思った瞬間、原田は身体を密着させて足払いで
勝太を倒し、立ったまま上から喉元に木刀の切っ先
を突きつけた。
「参った!」
 原田が木刀を引いて一歩下がってから言った。
「素早く喉を突いたら、そのまま横に跳んで身体を
入れ替え次の敵に対応する。その場にいたら背後か
ら斬られてひとたまりもないからな」
「すぐ振り向いて、咄嗟に刀で受ければ?」
 原田がまた笑った。
「これは実戦だぞ。竹刀や木刀とは違うんだ。いい
か勝太、実戦では咄嗟の時以外は相手の一撃を刀で
受けてはならん。身をかわしながら打ち込むのだ。
 刀ってえヤツはな、お互いに滑って弾けるから次
の計算が出来なくなる。それに、相手の刀が安物な
ら折れて刃先だけが飛んで来て致命傷を負う場合も
ある。これは避けようがないからな。それに、相手
の打ち込んだ刀を刀を受ければ刀が痛む。
 だから、出来るだけ刀に触れさせてはいかん。勝
負手は突きだ。突きなら鎖帷子(くさりかたびら)
でも貫ける」
 原田と島崎一が江戸中に横行した辻切り退治に、
競って何人もの不逞浪人や剣客を倒していると、門
人の噂話で聞いていた。だから、その教えを実戦か
ら得た教訓として素直に聞くことが出来る。
「これからは、手厳しくいくからな」
 勝太は、原田の一挙一動を手本にして稽古に励む
ことにした。

 それからの勝太は、福田、島崎(一)、原田の師
範代三人を目標に激しい稽古を重ね、気付いた時は、
いつの間にか夫々と五分に近い成績を残せるように
なっていた。
 天然理心流の伝意としては、切紙二十二本、序目
録が十二本、中極意目録が五十三本、免許が二十七
本、ここまでが一般的な免許で、その上に「指南免
許」と「印下」もある。だが、「印下」まで辿り着
いたのは師範の周助を含めても何人もいない。周助
門下では原田忠司と島崎一だけがその域に近づきつ
つあり、福田がそれを追っていた。今は勝太が、そ
の三人を抜きそうな距離にいる。
 その中で、勝太の才能をもっとも高く認めたのは、
宗家の後継者に一番近い位置にいる原田忠司だった。
 原田は出稽古のない日、勝太とだけ血の出るよう
な烈しい稽古をした。
 その原田が勝太に言った。
「わしか勝太か、勝ち残ったほうが天然理心流を継
ぐことになるぞ」
 勝太は素直に頷いた。
                  つづく
      ---
 では、次回をお楽しみに・・・・
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