再び介護について考えます。


 つい先日、この欄で母の介護の話を載せたところすぐ男女数人の方から相談がありました。
どなたも実父母か義父母の介護で悩んでいられますので、私の場合の心構えなど実際の気持ちをお伝えしました。
私はつい自分のことだけに捉われて「母親」「高齢者介護」についてのみ体験談を申しあげましたが、お問い合わせの中に「認知症高齢者介護」の方がいらして、その大変さに気付かされました。
私の母の場合、役所の介護度審査でも痴呆はゼロで要介護度1ですから、今は全く何の苦労もしていません。
実際、私の親しい友人の奥方(80歳)が認知症で方向音痴の徘徊癖があり、友人は仕事をセーブして家にいて、奥方から目を離さないようにしていて、その大変さはよく分かります。
以前、私が若い頃は「老いた親や身内の障害者は、家族が介護するのが当たり前」という風潮がありました。
そのために私は、酸素吸入、点滴補給で寝たきりの母を兄嫁が預けた病院から引き取った時に悲壮な覚悟を決めたのです。
自分の手で母を看取る・・・介護のカも知らない私にとっては無謀な挑戦で舌が、幸に老妻の手伝いもあって何とかなったのです。ただ、妻は、私から息子に引き継いだ本業の花見化学の経理をみていて私どもは共稼ぎ(少額ですが)、隠居の私より現役なのです。
ともあれ、はじめの1年は無我夢中で母に掛かりっきりでした。
まず築地の事務所を畳み仕事を止め、介護に専念出来る態勢を作らねばなりません。
占いの弟子には急ピッチでラストランさせて免状を出し、月一で開いていたプロ占術家対象の気学教室も中断、夫々に古い書物などを分け与えて終了、隠居仲間の飲み会も閉鎖し、もの書きやNET仕事やラジオ(電話対応)は家でやることに決めました。
訪問介護士(ホームヘルパー)を頼むという選択肢もあったのですが、死期が近い母を看取るのが子の役目、と私は考えたのです。
そのうち、地元の介護施設に勤めるケアマネの協力もあって、母は肩を添えれば自力でトイレに行けるまでで回復し、要介護度も5から4、4から3と下がった頃から、デイサービスで、ケアマネの勤める元気村という施設に通うようになり、私も短時間出勤で築地の事務所に通えるようになり、ホッと一息つけるようになりました。
この「介護」が国の施策として始められた歴史は古く、1970年代から戦争障害者の恩給支給から始まって徐々に公的介護保障が制度化されてきたようです。
その後、1980年代に入って介護人派遣事業の制度化、地方自治体による高齢者の訪問介護などが、家族介護への支えになってきます。
ただ、母が世話になっている介護施設の役員に聞くと、介護の仕事は公的な縛りもあり、高利益を期待できる仕事でもなくボランティア的な側面もあるために従業員に高級は払えず、働く側も知識や資格を必要とし、介護福祉士、訪問介護員など介護支援専門員は、仕事の肉体的・精神的負荷が大きく、仕事の難易度の高さの割には低賃金のために、恒常的な労働力不足の状況にある、と言うのです。
今は昔と違って介護保険法や支援費支給制度によって障害者が在宅介護や施設介護を受けやすくなっていますので、自分だけで悩まずに公的機関の助けやサービスを積極的に受けて労力や精神的な自己負担を出来るだけ軽減すべきです。
この介護の専門性を考えると、いずれは系統だった介護福祉学的な学問分野が確立されてもいいような気がします。これには、現在まだ地道な活動で知られつつある日本介護福祉士会や、その内部組織である日本介護学会の積極的な啓蒙運動が必要不可欠となります。
私は前述のように最近になってようやく、高齢者介護施設の取材を始めています。
以前、文芸春秋社の元社長から介護の話で書籍出版を勧められて、母が世話になっている施設に取材を申し込んで経営者から断られた経緯があります。取材拒絶の理由は、どんなに良くても細かく調べれば、「人材や設備などで不備が出たり陰の部分も見えるかも知れません」とのことでしたが、ここでお世話になった母が、103歳のいまも元気で杖なしでも歩ける状態でいられるのは、この施設での介護のお蔭であるのは間違いありません。今年は100歳以上が私の母だけでしたからといって、特別扱いされているわけでもありませんから、やはり、何かが違うのは確かですので、幹部にはお断りして、地元の市長と約束した地域振興小説の中に取り込むための取材を開始しています。
ここで気づいたのは、高齢者施設の入居者は100%、食事、入浴。排泄の三大介助のいずれかで介護士のお世話になっていることです。
しごく当然のことですが、何もかも自分で出来る私の母でさえ入浴は一人では出来ません。いくら一人で入浴する、と頑張っても、転んだら大変だからと介護士がつきっきりで体まで洗ってくれていて母は不服でも為す術もありません。
この作業には、この施設では数少ない看護師も医療行為だけではなく、積極的に介助に参加していることも知りました。
それにしても、81歳の私が介護する側にいて、高齢者施設には要介護度3以上の70代の入居者がゴロゴロいる事実には驚きます。
健康で長生き・・・日本初のストレス解消サロンを開き、同時に長寿の研究を始めた私としては、「健康で長寿」を旗印に、築地の事務所を整理しての「開運道・癒しサロン」開設も考慮中・・・それにはまず自分自身が健康でもっと長生きしてからのことです。

いま、介護で辛い思いをしている方へ・・・
介護する側のストレス解消と明るい笑顔は、必須項目です。
その心の余裕をつくるには、介護を嫌なものと思わないで済む心構えが必要です。
私は、そのためのお手伝いを考えました。
教えるのではありません。私の実践してきたことをお伝えするだけです。
まずメールで状況をお聞きし、深刻度や重要度など必要に応じて優先順次を決めさせて頂きます。
開運村HP常連で、いま介護中か、これから身内の介護をしなければならない人だけにお伝えします。
私の意を汲んで、その必要性を感じた方は、masaki94581@nifty.com 花見正樹 にメールをください。
出来るだけ速やかにご返事を差し上げます。