お元気ですか?
夏になると水遊びがしたくなるのは子供だけではありません。
私も水遊びは大好きです。水遊びといっても長い竿を使います。
5月の末になると、あちこちの友人から水遊びの誘いが入ります。
その誘惑に耐えて、じっと我慢するのがここ数年の私の初夏の生活様式です。
まず、6月1日(日)を待たずに川を解放する姑息な漁協があります。
5月中旬、鮎はまだ柳の葉っぱのように小さな鮎が嬉々として泳いでいます。
そんなところに釣り人が操る青白い養殖鮎が紛れ込んで来るのですから怒ります。
体当たりして追い払おうとして、哀れにも掛けバリに掛かって釣りあげられ、天ぷらです。
鮎は塩焼きが一番美味しいのですが、早い解禁で鮎が小さすぎて塩焼きにもならないのです。
何尾かまとめて天ぷらにし、塩か醤油で食べるしかありません。
私にはそんなのを釣る竿も道具もありませんから、誘いにも乗れずひたすら鮎の多く気なるのを待つのです。
鮎は極く稀な例外を除いて1年で寿命が尽きる年魚です。
秋には卵を産んで子孫を残すといさぎよく死んでゆきます。
でも初夏から成果を目いっぱい川で生きてこそ年魚なのに初夏に釣られては悔いても悔やみきれません。
そう考えると鮎は、成果から秋口にかけて釣ってあげるのが武士の情けというものです。
と、理屈はそうなのですが実態は違います。
私が横着なだけなのです。
鮎釣りは、小鮎を釣るほど繊細な仕掛けが必要で技も要ります。
それが面倒で、私は大鮎を釣るだけの鮎釣り師になったのです。
著書にも「巨鮎(おおあゆ)に憑かれた男たち(つり人社)」があるのですから仕方ありません。
これから暫くは、各地の河川で鵜と人間との鮎をめぐる攻防が始まります。
海から遡上する天然の鮎は、自分の居場所を求めて上流にたどり着く前に鵜にやられます。
鵜は200羽から500羽ほどの群れをなして瀬ごとに狩りをします。
ボス鵜が号令するらしく一糸乱れずいっせいに瀬頭と瀬尻までに飛び込んで、そこにいる鮎を捕捉します。
そこでひとしきり腹を満たすと、また上流の瀬に飛び立ち狩りを続けます。
群れが去ると暫くしてまた別の群れが現れ、新たに深みから瀬に出た鮎を目がけて狩りを始めます。
これが毎日繰り返され、ようやく鮎が成長した頃は初夏になっています。
長い竿を担いだ獰猛な二本足の人間が解禁日とか喚いて、川に押し入って来て殺戮を始めるのだ。
私は、そんなことはしない。
じっくりと季節が移り行くまで待ち、釣り人が釣り飽きて去る秋風の頃まで待つのです。
その上で満を持して日本三大急流の一つ九州球磨川(他は富士川、最上川)に向かいます。
そこには、ひと夏、釣り人との攻防に打ち勝った性根の座った強い大鮎だけが居残っています。
それと戦うには少々は覚悟が要ります。
まず台風のシーズンですから、川に入れるか入れないかは天候次第です。
台風が過ぎても一週間は水位も落ち着かず水中の岩にコケも付着しきません。
それと、秋口に入ると水温が極端に下がって、体温が下がって体力が消耗します。
それに打ち勝つ体力のために、温泉と球磨焼酎で体を温め充分な食事と休養が欠かせません。
万が一、川の状態が回復しない場合は、一シーズンを棒に振る場合もあり得るのです。
さあ、戦いの火ぶたが切られる日は刻一刻と迫っています。
今から体を鍛えておかないと大変なことになります。
明日からまた、パソコンの入った重いカバンを斜めに背負い、水の入ったオトリ缶と思って階段上りです。
と、下手な鮎釣り師は、今から眠れぬ夜を過ごしています。