「花見正樹短編小説Ⅰ」 では三つの短編小説を掲載しております。
其の一 説教節・政太夫
夕風が肌にひんやりと感じる初秋の夕暮れどきのことだった。
遊行寺(ゆぎょうじ)と呼ばれる藤澤山無量光院・清浄光寺(しょうじょうこうじ)は、時宗の総本山で、その門前町にあたる藤沢宿大鋸(だいきり)橋界隈は、提灯に灯が入るにはまだ少し早い時刻からすでに賑わっていた。この宿泊りの旅客や寺社参詣客は、この時刻から、いい飯盛女のいる宿を狙って宿場入りし、声を掛けてくる女に冷やかしの声を投げ値踏みをしながら歩をゆるめている。・・・
冒頭から、その世界に引き込まれる内容となっています。
第一章 藤澤宿 第二章 赤城の山 第三章 人の情け 四章 事情と真相と続きます。
其の二 夢占い師・紫夢女
この物語りは霊亀(れいき)元年(716)、備中の国下道郡(しもつけみちこおり・現・倉敷市真備町)から始まる。
この地に、夢占いで「よく当たる!」と評判の美人占い師がいた。黒髪長く黒い瞳の眼元涼しげな麗人で、どのような難しい夢でも即座に説き占う霊妙な力を身につけていた。・・・・・宇治拾遺物語説話165「夢買人事」末尾に曰く。
「されば夢とることは、げにかしこきことなり。かの夢とられたりし備中守の子は、司(つかさ)もなきものにて止みにけり。夢をとられざらましかば、大臣までも成なまし。されば、夢を人に聞かすまじきなり、といい伝えける」
よき人、よき夢こそ大切にすべし・・・ 了
其の三 戦乱の谷間に
「太兵衛どん! まだ遠いが、獲物が二っつばかり見えたぞ!」
雨風に揺れる欅の枝に跨がって物見をしていた雑兵姿の五助が叫ぶと、原生林の中から野伏の頭領、むささびの太兵衛の重い声が響く。
「みな、はよう隠れろ。五助もじゃ!」・・・・・・・
「死ぬも生きるも過ぎてしまえば一場の夢。運命じゃ」
法師の姿がうすれて行く。
法師の姿の向こう側の景色がうっすらと明るくなった月景色の河原を映している。
「運命じゃ。運命なのじゃ……」
声が残り、姿が消えた。
河原に咲く小さな白い花が風にそよぎ、瀬音にまじってカジカの澄んだ声、虫の音などが聞こえる。
やはり行知法師は、とうの昔に死んだ人だったのか?
老いた梟(フクロウ)が,二人をあざ笑うかのように二声ほど啼き、羽音を残して遠のいて行った……。
花見正樹氏の上記三篇の短編小説をどうぞお楽しみください。