マリちゃん雲に乗る
宗像 善樹
(7)マリちゃん、御宿のマンションへ行く
パパが毎朝思いつめたように新聞の不動産広告欄をながめています。郵送されてくる不動産屋さんからのダイレクトメールも必ず封を切って見ていました。今までは封を切らずにそのままごみ箱に捨てていたのに。
ママが、「パパが思いつめると大変なことになる」と、はらはら
しながらパパの様子を見つめていました。
パパは、私を連れて外泊できるリゾートマンションを探していたのです。
ついに、パパが行動に出ました。東京のマンション販売会社に電話して、千葉県の海の近くにあるマンションを見に行きたいと、内見を申し込みました。御宿という名の海岸です。
「見学するだけなら」ということでママも気晴らしで行くことに同意しました。
いつもパパは、「見るだけだから」と言ってママをデパートに連
れだし、結局目当てのものを買ってしまうのですが、今回は高額のマンションなので、「よもや、そういうことはしないだろう」と、ママは考えたようでした。
海水浴シーズンが終わった八月末、ママの運転で、パパとわたしの三人で御宿へ行きました。御宿海岸は、砂が白く、海は鮮やかなコバルト・ブルーでした。
パパは、砂のきれいな、コバルト・ブルーの海が大好きで、そういう海辺に寝ころがって、ボーとした時間を過ごすことが、最高の贅沢だと考えている人でした。
「潮風のなかで、お金では買えない至福のときを過ごすのだから、人生、最高に贅沢なのだ」ということです。
特に、パパは、ハワイのワイキキビーチが一番のお気に入りで、わたしが宗像の家にくる前は、夏休みや冬休みを利用してもう何回も家族旅行で出掛けています。ハワイの海はパパのイメージにぴったりで、「湿度がまったくなく、カラッとしていて、汗をかかないでいられる」というのが、汗かきパパのハワイ大好きの最大の理由だと、ママが教えてくれました。
御宿の海岸を散歩しながら、パパが、「年間を通してサーフィンをする若い人がいる。これもハワイのような雰囲気だ」と、呟いていました。
要するに、パパは、湿度の点を除いて、青い海、白い砂、海岸の雰囲気などなにもかもがすっかり気に入ってしまったようです。
ママもピチピチのOL時代に御宿海岸に海水浴に来たことがあったようです。ママにとっても、思い出のあるなつかしい海辺のようでした。
御宿海岸には、有名な童謡「月の砂漠」のイメージとなった白い砂浜があり、浜辺にはラクダに乗った王子さまと王女さまの銅像がゆったりとした雰囲気で立っていました。
二人とも、マンションを見学する前からすでに御宿海岸のとりこになっていました。
海岸から歩いて3分の所に目的のリゾートマンションがありました。入口の内線電話でマンション会社の営業担当者を呼び出し、部屋の案内を頼みました。販売会社は、本社は東京にあり、土曜日、日曜日は担当者が御宿に泊り込みで、部屋を見学に来る人を案内しているとのことでした。
その担当者の人の説明は要領がよく、人柄も誠実そうなのでパパもママも信頼したようでした。パパとママは、いっそう御宿に好感を持ったようでした。
部屋を案内してもらう前に、パパが、「ペットも一緒に住めるのですね」と念を押しました。担当者は即座に、「ええ、大丈夫ですよ。管理規約にはっきり書いてあります。既にお住まいの方で、部屋の中でワンちゃんと一緒に生活されている人もいらっしゃいますよ」と答え、続けて「ここはリゾートマンションですから、ペットを一緒に連れてこられなかったら、購入される意味がありません」と明確に言い切りました。
この一言で、『マリちゃんと一緒にお泊まりするために、マンションを購入する』というパパの大義名分が出来上がりました。あとはどの部屋に決めるかの問題となりました。
ママは、こういう場面では、パパの決断に反対するようなタイプの女性ではありませ
ん。むしろ内心では、パパがマリちゃんのために下した大きな決断に満足していたのです。わたしはいつも、こういうときのママの腹のすわり方は本当に凄いと感心しています。
ママの気持ちも購入に傾いたのだから、話しは早いものでした。担当者が丁寧に見晴らしの良い部屋を三室案内してくれました。わたしは、なんの気兼ねもなく部屋の中を歩き回り、くんくん嗅いで自由な雰囲気を感じ取りました。パパとママはそのうちの二部屋を候補に決めて、一週間くらいの検討期間をもらい、マンションを後にしました。
浦和に帰る車の中でパパが、「なんとかなるさ」と呟きました。「なんとかなるさ」と「さよならだけが人生だ」がパパの口癖です。
ママは、パパと御宿のマンションへ運び込む家財道具の相談をしながら、上機嫌で車を運転しました。
家に帰ってから、ママはさっそく利絵ちゃんに電話して、マンション購入の一件を話しました。利絵ちゃんは、「マリちゃんのためによかった」と賛成しました。華ちゃんが、「マリちゃん、海で一緒に泳ごうね。浮輪をかしてあげるからね」と言ってくれました。
その夜、わたしは、御宿の海岸をママや利絵ちゃん、華ちゃんと一緒に走る夢を見ました。わたしが一番早かった。そして、後ろを振り返ると、パパがはるか後ろをフウ、フウいいながら走っていて、砂に足を取られてどさっと転びました。
夢のなかで、家族のみんなが楽しそうに笑っていました。