浜離宮恩賜庭園
宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)
築地からほど近い江戸湾よりに浜離宮という庭園があります。
新橋・汐留から新大橋通りを築地の花見サロンに向かって歩いて行くと、右手に緑のこんもりした木立ちがある公園が見られます。
それが浜離宮恩賜庭園です。
近代的なビルもそばにたくさんありますが、この庭園は昔からの歴史的な所です。
この庭園の歴史についてご説明いたします。
徳川家四代将軍家綱が弟の甲府宰相綱重に与えた15000坪の海水面埋め立て許可に始まりました。
そして綱重の子綱豊が跡継ぎのいない家綱の跡を継いで六代将軍家宣になりました。
それに伴いこの浜庭は18世紀初頭に将軍家の所有になり、浜御殿として誕生しました。
それからは将軍様の気晴らしになるようなお庭として管理されてきました。
将軍家斉が一番利用したそうです。
池での釣り、鷹狩り、お花見と御台所、大奥のお女中などもお庭に行くときは随行したそうです。
またお武家さまたちも浜庭に招待されるということはすごい名誉だったそうです。
その浜庭を管理したのが浜御殿奉行木村家でした。
庭内に役宅を持ち、生活をしながら管理したようです。
今はその役宅は存在しないのが残念です。
この木村家はそもそも甲府宰相の家来で家宣が将軍になったころから浜御殿奉行となりました。
そして家禄も20表から100表に加増されますが、異例の出世だったようです。
この後、幕末までの歴史については次回お話いたします。
(注)宗像信子さんは上記の木村家ご子孫です(村長)。