マリちゃん雲に乗る
宗像 善樹
(2)マリちゃんの家族の紹介-3
最後に、とても優しかったママのこと。
マリちゃんは、ママが大好きでした。だから、大切なママのお話を、いちばん最後までとっておいたのです。
ママの名前は宗像信子、パパより六歳若い。長崎県の通称『軍艦島』という島で生まれました。石炭を掘る炭鉱の島でした。ママのお父さんが三菱鉱業という石炭を掘る会社の総務部に勤めていたので、ママは、転勤族の家庭で育ちました。北海道の大夕張炭鉱で子供時代を過ごしたことがあるようです。東京杉並区の社宅にも住んだこともあります。高校は、道立札幌西高等学校を卒業しました。大学は、埼玉県にある私立の大学です。
あるとき、パパがわたしに、こっそり教えてくれました。
「ママが大学生のときは陸上の短距離の選手で、よく日に焼けていたので『ボタ山小町』と呼ばれていたらしいよ」
次の日、わたしは、利絵ちゃんに聞いてみました。
「ボタ山って、なんのこと」
利絵ちゃんが、小声で教えてくれました。
「マリちゃん、それは、石炭を掘ったときに、石炭といっしょに出てくる燃えない黒い石(ボタ)を捨てた大きな山のことよ。でも、今のママは、ただの、『ボタ山おばさん』よ。だけど、この話は、ママには絶対に喋ってはだめよ。それに、間違っても、『メタボ小町』と云っては、絶対にだめよ。ママに、ひどい目にあわされるからね。若いころは、スタイルに自信を持っていた人なのだから」
わたしは、隣の和室で、クラシック音楽を聞きながら、何も知らずに和裁をしている『メタボおばさん』の背中をじっと見つめました。
ママも、わたしのことが大好きみたいです。いつも、わたしのことを「かわいい、かわいい」と叫んで、思い切り強く、ぎゅーっと抱きしめてくれます。息がとまるくらい強く。「もっとやさしく抱いて」と言おうとしたら、パパから、「がまんしろ。ママには逆らうな。長崎生まれのおばさんはこわいぞ」と止められました。
そういえば、長崎市桶屋町に住むママのおじさんの谷口勝さんが、長崎生まれの自分の奥さんのことを『うちの美子は、西太后のごたる』と言って、よく恐れ慄いていました。
あるときママから、「ママが死んだら、マリちゃんもママと一緒にお墓に入ろうね」なんて、とても恐ろしいことを言われました。
わたしは思わず横を向いて聞こえないふりをしたけれど、「ママなら本当にやりかねない」と思って、とても不安になりました。
急いで華ちゃんに相談したら、華ちゃんが真剣な顔で、わたしに忠告してくれました。
「マリちゃん、それだけは絶対に、今のうちに、はっきり断っておいた方がいいよ」
だけど、犬の私には、複雑なことを喋ることができません。
わたしは、心配で、心配で、その日は、のんびり昼寝をすることができませんでした。