マリちゃん雲に乗る-4
宗像 善樹
(1)旅立ちー4
マリちゃんが雲の隙間から地上を眺め下ろすと、パパがベランダに出て、地震で割れた植木鉢を片づけている姿が見えました。ママが洗濯物を干している姿も見えました。
マリちゃんは、一緒に見ていた星たちに言いました。
「私が浦和の家にいたときは、わたしもパパやママと一緒に、ベランダで楽しく遊んだのよ」
一晩の疲れを取ろうとする星たちが、マリちゃんに言いました。
「私たちは、マリちゃんが夜ぐっすりとママのベッドの上で寝ている姿を見たことはあるけど、お天道さまが昇られた後の、明るい世界のマリちゃんの姿を見たことはないの」
星たちが、マリちゃんの気を紛らわしてあげようと、マリちゃんに頼みました。
「マリちゃんが浦和にいたときの、マリちゃんの家族の話をしてくれないかしら」
マリちゃんが、答えました。
「はい、わかりました。でも、わたしの話より東北から来た仲間たちに話をさせてあげてください。家族との思い出を話したいはずです。だから、あの子たちにお願いしてみてください」
星たちが頷いて言いました。
「そうね、マリちゃんの云うとおりね。最初に、あの子たちの話を聞きましょう」
そして、近くに伏せていた『リリー』という名の雑種の女の子に声をかけました。
「リリー、あなたの家族の話をみんなにしてくれないかしら」
しばらく下を向いていたリリーは、顔を上げると、悲しそうな顔で話しだしました。
「私が住んでいた家は、福島県の双葉町という町にあって、年取ったお父さんとお母さんが二人で力を合わせて小さなお店をやっていました。お父さんとお母さんの間には子どもがいなかったので、子犬のときからわたしを実の子供のように可愛がってくれました。
八歳のわたしは、お店の看板犬でした。お店の隅の石油ストーブの前に寝そべって、しっぽを振ってお客様をお迎えするのがわたしの仕事でした。
お父さんがお店を改装したばかりでした。『これからも、頑張って仕事をするぞ』とお父さんが嬉しそうに云いました。お母さんも、にこにこ笑っていました。私も一生懸命に看板犬を続けようと思い、ワンワンと答えました」
リリーの顔が、急に哀しそうな表情になりました。
「三月十一日に、お父さんがお店を開いて間もなく、大きな地震がやってきて、二階建ての家が激しく揺すられました。大きな揺れが何度も繰りかえされ、屋根の瓦が落ち、お店の商品が全部床に落ちて割れてしまいました。ドーンという恐ろしい地響きが聞こえてきました。お父さんとお母さんが、急いで私を抱きかかえて、近くの駐車場へ避難しました。30メートル離れたお隣の家の屋根瓦がぜんぶ落ちて、もうもうとした土煙が上がっていました。恐ろしくて、その後の記憶はまったくありません。ただ、その日は、車の中で夜を明かしたこと、お父さんが車の暖房を入れて、私の体を温めてくれたことだけを憶えています」
リリーの表情が、厳しくなりました。
「翌朝、役場から放送が流れてきました。
『全ての町民は直ちに避難してください』
お父さんとお母さんがびっくりして、声を合わせて云いました。
『原発は安全、安心ではなかったのか』
二人は、緊張した顔で避難の準備を始めました。