マリちゃん雲に乗る-2

マリちゃん雲に乗る

   宗像 善樹

(1)旅立ちー2

 こうして、マリちゃんは、地上のマンションから旅立ってからずっと、織姫さんと彦星さんと力を合わせて、傷ついた仲間たちを雲の船に乗せてあげ、天の川を渡って、虹の彼方にある天国へ導いてあげてきました。

 マリちゃんが雲の上で、仲間の救援活動をするようになった経緯は次の通りです。
 マリちゃんが天の川の河原に来てから7ヶ月経った後のことでした。
2011年3月12日の朝、地上にいたときに顔なじみだったメダカが、突然、天の川の川面から顔を出してマリちゃんに声をかけてきました。
メダカは、マリちゃんが住んでいたパパとママのマンションの部屋の水槽の中で泳ぎ回っていたメダカたちでした。
「マリちゃん、マリちゃん。大変だよ。昨日、パパとママが住んでいるマンションが大きな地震に襲われて、部屋が大揺れに揺れて、部屋中めちゃめちゃになってしまったよ。箪笥や本箱がぜんぶ倒れて壊れてしまった。食器棚も倒れて、食器やガラスのコップなどが全部床の上に放り出されて割れてしまったよ。ピアノも傾いてしまった。
部屋に敷いてあった絨毯の上は、粉々に砕けたガラスの破片だらけだよ。パパとママは無事だったけど、素足で歩くと危険だから、二人とも部屋の中をスニーカーで歩いているよ。
 利絵ちゃんと華ちゃんは勤務先の会社にいて、とても恐い思いをしたけど、どうにか無事だったよ」
 そうしてメダカたちは、自分たちが天の川にきた事情をマリちゃんに説明しました。
「地震で水槽が倒れて割れてしまい、水がぜんぶ外に流れ出てしまった。だから、安全な、お空の天の川に避難してきたというわけだよ」
 マリちゃんは、メダカの話を聞いて気がつきました。
「そういえば、昨日のお昼ごろ、地上から大きな振動と音が天の上まで響いてきたわ。
わたしは、傷ついた仲間を雲の船に乗せてあげる手伝いをしていたので、ちっとも気がつかなかった」
 マリちゃんは慌てて地上の浦和のマンションを注意深く見下ろしました。
マリちゃんの目に、マンションの部屋の中でママが軍手をして粉々に割れてしまった食器やカラスのコップなどを大きな段ボール箱に詰めている姿が見えました。段ボール箱は14個もありました。
パパは、細かなガラスの破片が食い込んでしまった絨毯をハサミで切って、丸くまるめて紐で縛っていました。
この絨毯は、パパとママがトルコへ海外旅行したときに買ってきた、二人が大切にしていた思い出の絨毯でした。
二人の顔はしょげかえっていました。
ママの弱々しい声が聞こえてきました。
「マリちゃんが生きていたら、タンスの下敷きになって、大変なことになっていたわね」
 パパが、言いました。
「マリちゃんに怖い思いをさせずに、本当によかった」
 マリちゃんは、大震災に遭って部屋の中が壊滅状態になってしまっても、まず、マリちゃんのことを心配してくれるパパとママの優しさに涙が出てきました。
「かわいそうなパパとママ。老後の住み家だといって、部屋の中をいつも綺麗にして、大切にしていたのに」
 天の川のメダカがマリちゃんに向かって言いました。
「早く虹の彼方の天国へ行って、パパとママを安心させなさい。天国にはマリちゃんのお友だちがたくさん待っているよ」
 天の川の向こう岸から、マリちゃんが元気だった頃、ご近所のお友だちだった犬の佐助やシェーン、ミッキーたちの懐かしい声が聞こえてきます。
千葉県の御宿海岸で一緒に砂浜を競争して遊んだマルチーズの女の子ラブちゃんやシーズーの男の子キャッチャーの声も聞こえてきます。
車にはねられた猫の北島ふうちゃんの声も聞こえます。
 パパのお母さんが娘時代に、女学校の帰り道で拾って育てた愛犬で、昭和の初めに死んだべスという柴犬の鳴き声も耳に届きます。
「マリちゃん、早くこっちへ来なさい。おばあちゃんがマリちゃんに会えるのを楽しみに待っているよ」
マリちゃんはまだ、おばあちゃんともベスとも会ったことはありません。地上にいたときに、パパから二人の話を聞いたことがあるだけです。